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東日本大震災から9年後の福島を歩く いわき編

 2019年3月、思い立って福島に二泊三日の旅行に行った。

 実は東北に足を踏み入れること自体が今回初めて。思い返せば、東日本大震災が起きた2011年はまだ高校生だった。当時、部活が終わってケータイを確認すると、原発から煙が出る映像を目の当たりにし驚愕したのを覚えている。ただ、その時には事の重大さを理解するにはまだ幼すぎた。九州で高校生をやっていた私には、大人たちのうろたえる姿を横目に、一連の騒動がどこか遠い地域の出来事のように感じられたのである。

 あれから9年。震災や原発関連の書籍、映画などをつまみ食いしながら徐々にそれが他人事ではないということを実感できるようになった。ちょうど忌まわしきコロナのせいでパリに旅行に行く計画もおじゃんになった。しかもそんな折、これまで通行止めになっていた常磐線富岡ー浪江区間が今年の3月14日に開通するというニュースが飛び込んできた。善は急げということで、思い切って常磐線特急券を買ったという次第である。

 旅行の区間は当初、いわきから相馬まで常磐線でゆったり北上していくプランを立てていたが、3月20日に強風により常磐線のいわき以北区間が運休になったため、急遽プランを変更し、浪江町までの旅行となった。運行再開から一週間足らずで運休って…とは思ったが、旅にトラブルはつきものである。

 いわき編を書いた後で、富岡ー浪江間の写真が200枚ほどすべて手違いで削除されてしまったので(泣)、申し訳ないが今回はいわきまでの旅路を記録する。

 

いわき(3月19日)

  いわきを観光するにあたっては、いわき在住のライター小松理虔さんの本が非常に参考になる。 

新復興論 (ゲンロン叢書)

新復興論 (ゲンロン叢書)

  • 作者:小松理虔
  • 発売日: 2018/09/01
  • メディア: 単行本
 

 小松さんは東浩紀が主宰する「ゲンロン」でも度々寄稿しているライターで、それを一冊にまとめたのが本書である。いわきに拠点を置きながら、「復興とは何か」を考え続けた小松さんの思考の軌跡は、震災にかかわらず地域づくりを考える人にも示唆に富むものになっている。

 小松さんによれば、いわきは二度、街のアイデンティティを喪失したという。一度目は言うまでもなく震災によってである。では二度目の喪失とは何か。それは「復興」の名のもとに防潮堤が作られたり、里山が削られたりしたことによって味わった喪失である。一度目の喪失によってあれだけの悲劇を経験したのだから安心安全のためには仕方ないことだと市民が割り切ってしまった結果、いわきは自らのアイデンティティである青い海すらも捨て去ってしまった。今回の旅ではそんな現実を突きつけられると同時に、「復興」の難しさを改めて痛感させられた。

 

 12時頃、JRいわき駅に到着。驚くくらいの晴天。

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 いわきは新常磐交通というバスが運行しているのだが、沿岸部まで行くにはバスだと少し不便。ということで、事前に近くのレンタルバイク屋で、原チャリを予約しておいた(かれこれ5年くらい車を運転していないため原チャ)。

 まずは腹ごしらえをと、南下してバイク屋のおじさんから聞いた小名浜のら・ら・みゅうに行く。市場はかなり賑わっていて新鮮な魚であふれている。テレビ局がタレントを連れて取材もしていた。子供連れもたくさんいて、憩いの場になっていた。

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とびっこ入り海鮮丼。美味。


 二階のお店で海鮮丼を食べながら小名浜の海を眺める。アクアマリンふくしまの流線形の建物と青い海がマッチにしていてなかなかオシャレ。ひとまず美味しいご飯ときれいな眺めに癒された。

 ら・ら・みゅうを出ると、巨大なイオンモールがそびえたつ。きれいな海から少し内陸に行くと現れる巨大な人口施設。「漁港」というイメージからはかなり想像しづらい光景だ。地元の人からすると買い物をするのにも便利だし、モールで雇用される人も増えて街の活性化につながるのかもしれない。しかし、小松さんが言うように、こういった施設には功罪の両面があるだろう。

 イオンはいつか街を出ていくかもしれない、いわばいわき市民からすれば外資企業である。イオンを外からどかっと作るよりも、小名浜の昔ながらの良さを掘り起こしていくことだって街の活性化につながる。イオンモールに頼り切ってしまうのは果たして正しい選択だろうか。

 そういう疑念を抱くのは、単に小名浜の伝統の保護という観点からだけではない。私は熊本にいた時に地震を経験した。二度の大きな地震が立て続けに起こり、ライフラインは破壊され、食料品や生活物資などの物流はしばらく停止してしまった。幸い、熊本地震の場合すぐに日本全国からの支援物資が送られたため、熊本市民は生活に困ることにはならなかったが、あのときもっとも早く物流の復旧が進んだのが地元の商店街だった。地元の商店街は野菜なり生鮮食品なり仕入先が熊本県内の農家からだったため、個人的なルートを通じて物資を受け取ることができたのである。一方、イオンなどの大企業は全国各地から商品を仕入れるため、地震などの非常時には逆に機動力に劣っていたというわけである。日ごろの便利さと非常時の強さ、どちらを優先するかで全く意見は変わってくるだろうが、功罪の両面を把握するのは必要だろう。

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奥に見えるのが「アクアマリンふくしま」。青い海。



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岸から内陸のほうに少し進めばイオンモールが出現する。

 

 その後、浜通りを北上して久之浜方面へと向かう。その途中、原チャを運転しながら右手に今も建設が続く巨大な防潮堤が見える。海沿いを走っているにもかかわらず海が見えるのはほんの一部区間だけ。それ以外は見飽きたコンクリートと生長途中の植樹林が続くのみである。

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防潮堤。これが延々と浜通りを覆っている。

 

 道中、何やら石碑を発見したので原チャを止めてみると、東日本大震災慰霊碑だった。本当に道中、突然現れる。そこには豊間地区で亡くなった方たちの名前が記名されている。そして、ついでに近くのカフェでポーポー焼きをたべる。

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ポーポー焼き。さんまのすり身で作ったハンバーグ。ヘルシー。



 久之浜地区に到着。いわき市地域防災交流センターに行く。最近できたとあって、かなりきれいである。一階はいわき市役所の支所として使われており、二階以上が震災関連の常設展示がある。当時の様子をうかがい知ることができる。

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 センターを出て防潮堤のほうへと歩いていく。町のほうからは海を一望することはできないのだが、防潮堤を越えるときれいなオーシャンビューが広がる。砂浜では子供たちが遊ぶ光景も。こうやって見れば、鎌倉とか湘南のようなよくある海沿いの町の風景である。9年前、ここを津波が襲ったのが嘘のように思えてくる。

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久之浜地区。震災発生時はこの地区一帯が浸水した。

 

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防潮堤のすぐ横にある小さな社の横には、強い言葉であの日の教訓が書かれている。

 

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防潮堤は一番上は大きな散歩道になっている。浜で遊ぶ子供たち。

 

 最後に、いわき回廊美術館に行く。

 ここは現代美術家の蔡國強がコンセプトデザインを手がけた美術館だが、興味深いことにこの美術館は有志が勝手に創り、勝手に運営している(小松 2018: 277-283)。つまり、国や地方自治体の助成金などは一切絡んでおらず、蔡と、彼の才能を早くから見抜いていた、いわき市在住の会社経営者である志賀忠重らを中心として全て市民の手によって運営されている。だから、展示は非常にユニークで、ほとんど人の家の庭なのか、美術館なのか見分けがつかない。

 そしてだからこそ、ここでは役所の顔を伺ったりすることなくなんでもできる。小松さんが言うように、ここでは表現者がやりたいと思ったことを何でも表現することができる。「地域のために」というお題目ありきでまずはハコモノから作っていくようなアートプロジェクトではなくて、「自分たちが楽しいものを作る」という至極個人的な理由から出発して、それに賛同する人たちがゆるやかにつながっていくことで事後的に「公共性」が生まれる。

 地域アート(というかアート自体がそうかもしれないが)とは、地域の課題を提示する試みである。それはときには目をそらしたくなるようなものかもしれない。だが、アーティストはそれをあえて提示する。したがって、アーティストが「忖度」する可能性はなるべく排除しなくてはならない。蔡のようなアーティストが自由に創作し、それを市民が支えながら課題を共有して解決に向かっていく。これこそが地域アートの理想の形なのだろう。

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龍が点に上っていくイメージで、回廊はうねりながら丘のほうへと続く。

 

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まだ開花時期ではなかったが、数少ない桜をパシャリ。


 私が訪れたときにはなんの展示もしていなかったが、回廊自体は残っていた。美術館に着いたのはすでに17:00ごろだったので、美術館にいたのは私一人。大きな美術館を独り占めさせてもらった。

 丘のてっぺんには小名浜の神白海岸から掘り起こされたサケマス船を使った作品《廻光ー龍骨》が展示されている。自然の流れとともに、この展示も少しずつ朽ちていく。里山を降りて、隣の丘を登ると《墨の塔》も見える。夕日をバックにパシャリ。

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《廻光ー龍骨》



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《墨の塔》

 

 街を回りながら、何人かの方にお話しさせていただいた。どの方も東京から来たと言うと丁寧に受け答えをしてくれた。

 中でも多く話題に出されたのが防潮堤の話。みなさん、防潮堤に関しては様々な意見を持っている印象だった。タクシーの運転手は防潮堤の建設に関して否定的な反応を示していた。いわく、津波が来るときにはまず波が沖のほうに引いていき、そのあとに大きな波が岸に押し寄せる。つまり、引き潮を早めに察知すれば、急いで高台に上ることができるのである。防潮堤によって町から海が見えなくなれば、そういった昔からの知恵が通用しなくなる。海と共に暮らしてきたいわき市民からすると、海が見えないことのほうが不安になるのである。日常の安心を得るために防潮堤を作ったつもりが、かえって市民にとっては不安を増長することになったというわけである。

 しかし、これはあくまでも一人の市民の意見である。例えば、防潮堤のすぐそばに暮らす人はまったく異なる意見を持つだろう。上の写真にも挙げたように、海の近くでは子供と一緒に暮らす家族がいる。子供の安全を第一に考える親の立場になれば、防潮堤は命を守るために不可欠なものである。

 さらに、そもそも震災の記憶を残していくか否かも市民の間には意見の相違があるかもしれない。飲み屋で一緒になったおじいさんは、建設途中の防潮堤を家族と一緒に見に行った際に、奥さんと娘さんが「もういい、見たくない」と言ったためすぐに帰ったという話を聞かせてくれた。つまり、あの巨大な防潮堤自体がある人にとっては震災の記憶を呼び起こすファクターになりかねないのである。そういった人からすれば、悲しい記憶を想起させる防潮堤は必ずしも「安心」を担保してくれるものとはならない。

 福島の外から来た人であれば、震災の記憶・記録を風化させないのは当たり前という感覚があるかもしれないが、現地の人の中には震災から9年が経っても傷が癒えていない人もいるのである。上で挙げたそれぞれの主張はどちらが正しくて、どちらが間違っているということではない。それぞれがいわき市民の言葉である。すべての人々が納得・合意したうえでの「復興」とは一体何なのか、という難しい問題を突き付けられた気がした。

 

 

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

 ブレイディみかこさんの新刊をようやく読んだ。

 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
 

 

 以前、『子どもたちの階級闘争』の書評を書いたことがあるが、本作はあの時代からの経年変化としても楽しめるかもしれない。『子どもたちの階級闘争』が政治的イシューが絡んだ少しシビアな内容だったのに対し、本作はブレイディさんの息子さんが入学した「元・底辺中学校」の中での物語が中心となるため、ややライトで、かつ子供特有の混じりけのないビビットな世界観が浮かび上がってくる。

 しかし、それは子供たちの見ている世界が大人が見ている世界よりも純粋無垢で非政治的なものだということを意味しない。ときに子供が、非常に本質を突いたポリティカルなことを教えてくれる時もある。また、大人が信じ込んでしまっている固定観念や他者との壁を、子供はひょいっと乗り越えていく。「他人を思いやる気持ち」とか「寛容」ってもしかしたら実はこんな簡単なことなのかもな、と本作で登場する子供たちを見ていて思い知らされる。

 

 中でも一番印象深かったのが、「誰かの靴を履いてみること」というエピソード。

 英国の公立学校教育では、中学校に上がると「シティズンシップ・エデュケーション」というものを行っている(日本では「公民教育」とか「シティズンシップ教育」などと訳される)。その目的は、「社会において充実した積極的な役割を果たす準備をするための知識とスキル、理解を生徒たちに提供することを助ける」ことにあり、民主主義とは何か、自由とは何か、市民活動や法の本質などを学ばせるものらしい(p.72)。

 そして、その授業の一環として、ブレイディさんの息子に出された問題が「エンパシーとは何か」というものだった。それに対する息子の答えが「誰かの靴を履いてみること」だったのである。この表現自体は、英語の一種の定型句らしい。しかし、empathyの訳語として当てられる「共感」や「感情移入」「自己移入」よりも、誰かの靴を履いてみるという表現は非常に的を射ている、とブレイディさんは述べている。

 empathyと混同されがちな言葉としては、もう一つ、sympathyがある。両者の違いをブレイディさんは以下のようにまとめている。

オックスフォード英英辞典のサイトによれば、シンパシー(sympathy)は「1.誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと」「2.ある考え、理念、組織などへの支持や同意を示す行為」「3.同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」と書かれている。一方、エンパシー(empathy)は、「他人の感情や経験などを理解する能力」とシンプルに書かれている。つまり、シンパシーのほうは「感情や行為や理解」なのだが、エンパシーのほうは「能力」なのである。前者はふつうに同情したり、共感したりすることのようだが、後者はどうもそうではなさそうである。

ケンブリッジ英英辞典のサイトに行くと、エンパシーの意味は「自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって誰かの感情や経験を分かち合う能力」と書かれている。

つまり、シンパシーのほうはかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力しなくとも自然に出てくる。だが、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。(p.75)

 なるほどな、と感心した。シンパシーはルソーの言葉で言えば「憐み」である。それは動物としての人間が生来備えている感情で、いわば脊髄反射的に作動するものである。したがって、そこに特別な訓練は必要ない。だが、エンパシーは違う。エンパシーは自分とは異なる意見を持つ人、理解しがたい人に対しても想像力を働かせることである。それは「共感」とか「同情」とも異なる「能力」であり、それを身に着けるには訓練が不可欠である。さしづめ、シティズンシップ・エデュケーションはその作法を教える授業なのだろう。

 だからこそ、「靴を履いてみる」という表現は秀逸である。サイズの合わない靴を履いて歩くのは窮屈だし、ときには足を怪我することだってありうる(私がハイヒールをいきなり履かされたらたちまち転んでしまうだろう)。しかし、そうやって実際に履いてみて怪我をすることでしか、他者の立場や苦しみを理解することはできない。

 「他人の靴を履いてみる努力を人間にさせるもの。そのひとふんばりをさせる原動力。それこそが善意、善意に近い何かではないのかな」(p.84)。善意、あるいは善意に近い何かはそこらへんに転がってはいない。時間をかけて、努力して獲得していくものなのである。

 

 

 

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』、すべての走り屋に捧げるバイブル

 走ることが好きだ。

 最低でも一週間に一回は走らないと、身体がちぐはぐしてくる。一週間まったく走らなかった週と、1キロでも走った週とでは明らかに身体のパフォーマンスが違う。走らなかった週は、なんだか歩いていても地面と足の裏が上滑りしている感じがするのだ。

 

 4、5年前、中国に語学留学したとき、ほぼ毎日ランニングをしていた。別に誰かに「走れ」と言われたわけではない。むさぼるように中国語を脳に摂取するのに疲れたら、ほとんど機械的にランニングウェアに着替え、シューズを履き替え、宿舎があった大学構内を走っていた。

 走るのはだいたい日が落ちた午後7時ごろ。夜に用事があったときには、深夜11時くらいに無性に走りたくなったこともあったかもしれない。でもやっぱり一番気持ちがいいのは、まだ陽が残り、ちょうどひとしきり学生たちが帰ったあの時間帯だ。日本とくらべてはるかに大きい構内の道路を独り占めした気分になる。

 走っていると、学生だけでなく、明らかに外部の人であろう大人たちも見かける。(当時の)中国の大学はけっこう人の出入りが激しかった。みんな各々のペースで自由に風を切っている。私は決まって、その中で自分よりも少しばかり体力がありそうで、一人で黙々と走っている人間を見つけ、ぴったりとくっついていく。その人と抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げながら、最後になると(自分が勝手に決めたゴールに近づくと)全速力で抜き去り、ちょっとばかりの達成感(優越感?)に酔いしれる。なんだか昨日の自分に勝った気がする。たぶん後ろからハアハア言ってて気持ち悪かったと思う。この場を借りて、あの時のライバルたちに謝りたい。

 

 今でも走るのはやめていないが、あのとき以上に走ることに熱中したことはない。一体あのとき私は走りながら何を考えていたのか。おそらく当時の自分はほとんど無意識に(夢遊病者のように)走っていた。おなかがすいたらご飯を食べるように、目にゴミが入ったら涙が出るように、ほとんど無意識にそれを行っていたのではないかと思う。走り終えて宿舎に帰ると、庭で酒盛りしている韓国人の友人に「また走ってきたの?」と驚かれたが、何に驚いているのか分からなかった。それぐらい私にとって、決まった時間に走りに行くことは自然なことだったのだ。

 たまに、あの現象は一体何だったのだろうかとふと思うことがある。私が一心不乱に走ったのは一体なぜだったのだろうかと。

 

 そんな訳の分からない疑問を他にも抱いている人がいた。村上春樹だ。あの天下の村上春樹もランニングにはまっているという。さっそく彼が「走ること」について書いた本を手に取ってみた。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

 これがすこぶる面白い。本を読みながらテーブルにおでこがめり込むくらい、彼に共感した。何が一番好きかって、彼は一言も読者に「走ることはいいことだ」「走れ」とは言わないのだ。至極個人的な理由(単純に好きだから)で走り、黙々と一人で思考しているだけ。私たちはその思考のプロセスを見ながら、一緒に「走ること」について考えているだけ。本当にそれだけの本。だけど、この本を読んだら、必ず走りたくなるのは間違いない。

 本音を言えば、全ての文章を印刷して部屋の壁一面に貼りたいのだが、ここではなかでも面白かった(激しく同意した)箇所を引用しておこう。これはランニングのことというよりも「小説を書くことについて」の箇所だが、この本の中では「走ること」と「小説を書くこと」はしばしば同義である。

 

 小説を書くことについて語ろう。

 小説家としてインタビューを受けているときに、「小説家にとってもっとも重要な資質とは何ですか?」という質問をされることがある。小説家にとってもっとも重要な資質は、言うまでもなく才能である。文学的才能がまったくなければ、どれだけ熱心に努力しても小説家にはなれないだろう。これは必要な資質というよりはむしろ前提条件だ。燃料がまったくなければ、どんな立派な自動車も走り出さない。

 しかし才能の問題点は、その量や質がほとんどの場合、持ち主にはうまくコントロールできないところにある。量が足りないからちょっと増量したいなと思っても、節約して小出しにしてできるだけ長く使おうと思っても、そう都合良くはいかない。才能というものはこちらの思惑とは関係なく、噴き出したいときに向こうから勝手に噴き出してきて、出すだけ出して枯渇したらそれで一巻の終わりである。シューベルトモーツァルトみたいに、あるいはある種の詩人やロック・シンガーのように、潤沢な才能を短期間に威勢良く使い切って、ドラマチックに若死して美しい伝説になってしまうという生き方も、たしかに魅力的ではあるけれど、我々の大半にとっては、あまり参考にならない。

 才能の次に、小説家にとって何が重要な資質かと問われれば、迷うことなく集中力をあげる。自分の持っている限られた量の才能を、必要な一点に集約して注ぎ込める能力。これがなければ、大事なことは何も達成できない。そしてこの力を有効に用いれば、才能の不足や偏在をある程度補うことができる。僕は普段、一日に三時間か四時間、朝のうちに集中して仕事をする。机に向かって、自分の書いているものだけに意識を傾倒する。ほかには何も考えない。ほかには何も見ない。思うのだが、たとえ豊かな才能があったとしても、いくら頭の中に小説的アイデアが充ち満ちていたとしても、もし(たとえば)虫歯がひどく痛み続けていたら、その作家はたぶん何も書けないのではないか。集中力が、激しい痛みによって阻害されるからだ。集中力がなければ何も達成できないと言うのは、そういう意味合いにおいてである。

 集中力の次に必要なものは持続力だ。一日に三時間か四時間、意識を集中して執筆できたとしても、一週間続けたら疲れ果ててしまいましたというのでは、長い作品は書けない。日々の集中を、半年も一年も二年も継続して維持できる力が、小説家にはーー少なくとも長編小説を書くことを志す作家にはーー求められる。呼吸法にたとえてみよう。集中することがただじっと深く息を詰める作業であるとすれば、持続することは息を詰めながら、それと同時に、静かにゆっくりと呼吸していくコツを覚える作業である。その両方の呼吸のバランスがとれていないと、長年にわたってプロとして小説を書き続けることはむずかしい。呼吸を止めつつ、呼吸を続けること。

 このような能力(集中力と持続力)はありがたいことに才能とは違って、トレーニングによって後天的に獲得し、その資質を向上させていくことができる。毎日机の前に座り、意識を一点に注ぎ込む訓練を続けていれば、集中力と持続力は自然に身についてくる。これは前に書いた筋肉の調教作業に似ている。日々休まずに書き続け、意識を集中して仕事をすることが、自分という人間にとって必要なことなのだという情報を身体システムに継続して送り込み、しっかりと覚えこませるわけだ。そして少しずつその限界値を押し上げていく。気づかれない程度にわずかずつ、その目盛りをこっそりと移動させていく。これは日々ジョギングを続けることによって、筋肉を強化し、ランナーとしての体型を作り上げていくのと同じ種類の作業である。刺激し、持続する。刺激し、持続する。この作業にはもちろん我慢が必要である。しかしそれだけの見返りはある。(p.115ー118)

 […]

 長編小説を書くという作業は、根本的には肉体労働であると僕は認識している。文章を書くこと自体はたぶん頭脳労働だ。しかし一冊のまとまった本を書きあげることは、むしろ肉体労働に近い。もちろん本を書くために、何か重いものを持ち上げたり、速く走ったり、高く飛んだりする必要はない。だから世間の多くの人々は見かけだけを見て、作家の仕事を静かな知的書斎労働だと見なしているようだ。コーヒーカップを持ち上げる程度の力があれば、小説なんて書けてしまうだろうと。しかし実際にやってみれば、小説を書くというのがそんな穏やかな仕事ではないことが、すぐにおわかりいただけるはずだ。机の前に座って、神経をレーザービームのように一点に集中し、無の地平から想像力を立ち上げ、物語を生み出し、正しい言葉をひとつひとつ選び取り、すべての流れをあるべき位置に保ち続けるーーそのような作業は、一般的に考えられているよりも遥かに大量のエネルギーを、長期にわたって必要とする。身体こそ実際に動かしはしないものの、まさに骨身を削るような労働が、身体の中でダイナミックに展開されているのだ。もちろんものを考えるのは頭(マインド)だ。しかし小説家は「物語」というアウトフィットを身にまとって全身で思考するし、その作業は作家に対して、肉体能力をまんべんなく行使することをーー多くの場合酷使することをーー求めてくる。(p.118ー119)

 […]

 僕自身について語るなら、僕は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできた。自然に、フィジカルに、そして実務的に。どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか? どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか? どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか? どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、それくらい内部に深く集中すればいいのか? どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか? もし僕が小説家となったとき、思い立って長距離を走り始めなかったとしたら、僕の書いている作品は、今あるものとは少なからず違ったものになっていたのではないかという気がする。具体的にどんな風に違っていたか? そこまではわからない。でも何かが大きく異なっていたはずだ。(p.122)

 

 この本を読みながら、ふと冒頭の留学時代の情景がよみがえった。そして、あのときなぜ私は無性に走りたくなったのか、なぜ今でも折に触れて走り続けるのか、その答えが何となく分かってきたような気がする。

 

 

岸政彦『マンゴーと手榴弾』

 岸政彦の『マンゴーと手榴弾ーー生活史の理論』を読んだ。

 

マンゴーと手榴弾: 生活史の理論 (けいそうブックス)

マンゴーと手榴弾: 生活史の理論 (けいそうブックス)

 

 

 目次は以下の通り。

はじめに

マンゴーと手榴弾ーー語りが生まれる瞬間の長さ

鉤括弧を外すことーーポスト構築主義社会学の方法

海の小麦粉ーー語りにおける複数の時間

プリンとクワガターー実在への回路としてのディテール

沖縄の語り方を変えるーー実在への信念

調整と介入ーー社会調査の社会的な正しさ

爆音のもとで暮らすーー選択と責任について

タバコとココアーー「人間に関する理論」のために

 目次を見てみると分かるように、それぞれの章は様々な媒体で発表した論考を集めて加筆修正したものであるため、 一つの本として首尾一貫しているとは言い難いが、読み終えてみると「生活史とは何か」「実在論とは何か」が色々な側面から(かなり控えめな形で)浮かび上がってくるという感じ。

 特に面白いのは、「鉤括弧を外すこと」という章。この章で、これまでの生活史研究の流れを踏まえて、いま岸が何を目指しているのかという道筋が明示的に示されている。逆に言うと、この章で示された「第四の道」を実践する試みが一体何なのかというのが、残りの章で具体的に示されるという構成になっている。

 そこで本エントリでは、この「鉤括弧を外すこと」の論旨を簡単にまとめ、本書を読んだ後での感想や疑問点を挙げていきたい。

 

 社会学の学問としてのゴールの一つに「他者の合理性を理解すること」がある。もちろん、学問の分野としてすでに大きく拡散してしまった社会学の目標はもはやこれだけに集約されないのだが、ウェーバーの理解社会学から始まり、現象学的社会学エスノメソドロジーなど、いわゆるミクロ社会学の分野では、やはりこの「他者の合理性の理解」が一大目標となっている。

 しかし、他者を理解することはそれほど容易なことではない。なぜなら、そもそも当の本人ですら自分の心理・行動を理解しているとは言いがたいからである。さらに、合理的に説明できそうな現象ならまだしも、一見すると「合理的でないもの」「不合理なもの」、例えば外部から見て明らかに当人の不利益になるような状況にその人がすすんで入り込んでいるようなケースだってしばしば存在する。そんなケースに対峙した時に、社会学者はどのようにそれを解釈しているのだろうか。

 本書では、この議論をもう少し分かりやすくするために、「差別」の話が挙げられる。ある被差別者(とされる者)が調査者に対して「私は差別されたことはありません」と答えた際に、調査者はその言葉をどのように受け止め、どのように解釈すればよいだろうか。調査者は当初、その「差別」の実態を「社会問題」として認識し、現場に入っていった。しかし、当事者のその言葉はそういった調査者の認識を根本から揺るがしかねない一言である。さて、どうすればよいか。そのようなケースに対峙した時に社会学者が取ってきた方法は、これまで大きく分けて三つあったと岸は言う。

 

 一つ目が、「差別はなかった」と述べる当事者の言葉を否認し、そういった言葉を発してしまうこと自体が被差別的状況にいる証左であると解釈する道である。いわば、「語り手の語りを否定し、社会問題の問題性を理論のなかに維持する道を選んだ」わけである(p.71)。

 この方法を明確に取った研究として、岸は社会学者の八木晃介の『部落差別論ーー生き方の変革を求めて』(批評社,1992)を挙げる。八木は、被差別部落の社会調査に入った際に、「私は生まれてから今まで、まったく一度もこのムラから外にでたことがないので、差別された経験は全然ありません」と述べる女性に出会う。そして、八木は「せまい被差別部落から一歩もでないという極端に限定された社会的交通圏の内部にとじこめられているということ自体、差別そのものだというべきではないでしょうか」と述べ、「いわば構造的な隔離による社会的遮断をも差別としてとらえるという感性力や認識力を、まさに差別によって剥奪されてしまった存在なのではないか、と僕には思えてなりません」と続ける(岸からの引用,p.72)。

 そういった意味で、八木にとっての被差別者とは「徹底的な無能力者」(p.74)である。なぜなら、八木にとって、被差別者は差別的構造によって、「本来なら持ち得たはずの合理的な(つまり自分たちにとって利益をもたらすような)判断力や行為能力を剥奪されて」おり、無意識のレベルで常に外部からの介入によって意思や意図が捻じ曲げられ、自らの不利益になるような選択肢を「選ばされている」と想定されているからである(p.73)。これはいわば構造決定論であろう*1

 この論理によって、「差別なんかないのに、本人が好んで不利益な状況に入っていったんだから仕方ない」という外野による自己責任論から被差別者を守ることはできるのだが(つまり責任は解除されるのだが)、同時にそれはその人の主体性や能力を否定することにもなりかねない*2

 

 そこで二つ目の道が、調査対象者の言葉をそのまま字義通りに受け取ることである。つまり、「差別されたことがない」と語り手が答えるのならば、本当に差別はなかったのだと解釈する道である。

 そのような手法を取った代表的な研究として、岸は社会学者の谷富夫の一連の著作を挙げる。谷は沖縄から本土に出稼ぎに出て、後になってUターンした人々の生活史を聞き取った。そこで谷は、「なぜ彼らは沖縄にUターンしたのか」の理由として、①本土で差別にあったから、②故郷の共同体へと自発的に帰還する道を選んだから、という二つの仮説を立てた。調査の結果、Uターンの理由として「差別されたから帰った」と答えた者はほとんどおらず、故郷沖縄に対する積極的な意味付けや家族や地域社会への愛着を語る者が多かったため、谷は①の仮説は完全に棄却されないまでも、②の仮説のほうが有力であると結論付けた(p.76-77)。

 このように結論付ける谷の手法を、岸は「鉤括弧を外す」と表現している。調査対象者の言葉をそのまま信頼し、対象者を主体性を持った合理的な主体と想定することによって、彼らが語った言葉をそのまま鉤括弧をつけることなく用いることができる。語り手に対して誠実なのはどちらかと問われれば、迷わず八木よりも谷だと言えるだろう。だが、果たして社会調査者は、谷のようにここまで単純に対象者の言葉を信じ、彼らの言葉を再記述するだけでよいのだろうか。というのも、「対象者が○○であるのは、対象者が○○と語ったからだ」というのはある種のトートロジーに陥っているとも言えるからである。それは果たして彼らの合理性を理解したことになるのであろうか。

 

 そこで第三の道を示したのが、社会学者の桜井厚である。彼が提唱するのが「対話的構築主義」である。それは言いかえれば「鉤括弧を外さない」という選択である。どういうことか。

 桜井は八木の示した道を批判して、以下のように述べている。

 このような差別の構造論的な解釈を、なぜ日常生活者としての当事者が共有する必要があるのだろう。むしろ、部落住民のライフストーリーが、つねに差別ーー被差別の文脈で解釈されなければならないという調査研究者の解釈枠組みこそが問われなければならないのではないか。ともあれこの種の還元主義あるいは構造のコピーとしての人間像では、人びとのストーリーはほとんど調査研究者の解釈の裏付けをとるだけのものとなる。都合の悪いデータは捨てられるか、自己の枠組みに合うように再解釈されるだけであり、ストーリーの語り手としての生活主体の個性や創造性までは理解が及ばないだろう。(岸からの引用,p.80)

 確かに、桜井が言うように、八木のような手法を用いれば、差別の問題性は担保されるものの、調査者の恣意にしたがってあらゆる調査結果が「社会問題」と解釈されかねない。これはある種の調査者による対象者に対する「カテゴリー化」である。そこに「差別」がなかったとしても、調査者が「被差別者」というレッテルが貼られれば、社会問題は構築される。桜井にとっての「差別」はこのような調査者に対する「カテゴリー化」(=「一人ひとりの個性を持った存在に対し、その多様性や個別性を無視して、『部落』や『在日』というラベルを貼ること」(p.80))をも含む。ラベリング論やポストモダニズムフーコーやサイードなどの権力論を経由した桜井にとっては、このようなカテゴリー化を含む「理解」それ自体が暴力である。調査者に差別の意図はなかったとしても、そこには「無意識の暴力」が存在するのである*3

 では、このような暴力に陥らないために、桜井はどのような解決策を提示するのか。桜井は語り手が「何を語ったか」ではなく、「いかに語ったのか」を調査者はつぶさに観察し、記述しろと説く。つまり、桜井にとっての「インタビューの現場とは、なによりも語り手と聞き手の『相互作用』の場なのであり、語りは、その場のそのつどの相互作用の結果として『構築される』ものなのである」(p.86)。構築主義の立場をとる桜井にとって、「社会問題」はそもそも構築されるものである。それは歴史的に作られるものだし、現在においてもなお構築されている。だから、差別があったかどうかという事実は原理的には抽出しようがないし、それは問題にすべきではない(というかできない)。したがって、調査者は今まさに「社会問題」が構築されようとしている調査現場をつぶさに観察し、記述することが必要である、というのが桜井の「対話的構築主義」の主張である。

 これはいわば問題の(つまり、whatからhowへの)巧妙なずらしである。これ自体は社会学界隈ではよくある光景である(例えば、エスノメソドロジーなどで使われる)。要は、対象者の語りの「内容」の真偽には踏み込まず、鉤括弧をつけたまま、少しメタ的な視点からその語りの「形式」を問うというスタイルである(だから彼は、語りを事実ではなく物語として捉えるため、「生活史」を「ライフヒストリー」ではなく「ライフストーリー」と言う)。岸は、桜井は「対話的構築主義」を提唱することによって、「差別されたことがない」という調査対象者の声に対して、現実の社会で差別があるとも、ないとも結論をつけていないと述べる(p.88-89)。確かに、これによって研究者の立場性は確保されるし、差別問題があったかどうかという「事実」をめぐる論争にも巻き込まれずに済む。しかし、それで果たして問題は解決したと言えるのだろうか。

 

 岸は、桜井的な手法、つまり構築主義的な手法の蔓延によって、社会学者は「実際に存在する社会問題」に対してのコミットメントが弱体化したと考える。語り手の語りを否定して大きな構造決定論を持ち出す(第一の道「語り手の否定」)のでもなく、調査対象者を素朴に信頼し差別の実在を否定する(第二の道「構造の否定」)のでもなく、その両方を避けるために事実への道を閉ざす(第三の道「事実性の否定」)のでもなく、どうにかして「現実の社会問題」に対処することはできないか。そこで岸は第四の道を模索する。

 それが語り手の語りから、調査者が理論枠組みや概念に変更を加えるというものである。具体例として、岸は自らの著作『同化と他者化』(2013)を引く。その研究で、沖縄から本土へ就職し、そしてその後に沖縄へとUターンした人々に聞き取り調査を行ったところ、その多くが「本土で差別されたことはなかった」と語ったという。だが、岸は前述した三つの方法は取りたくなかった。

語り手の語りを否定したり、あるいは差別の実在を否定したりするかわりに、あるいは、その両方を避けるために事実への道を閉ざすかわりに私は、「日本と沖縄との歴史的・構造的非対称性」に関する私自身の理論に変更を加えることを選んだ。明示的な差別をされたものが、後にUターンという道を選んだのであれば、それは理解しやすい。しかしもし、差別されたことがないと語る沖縄の人びとが、それでも帰郷の道を選んだとすれば、むしろそちらのほうが本土と沖縄を隔てる壁が高く厚いということではないだろうか。このように考えれば、差別という概念は「狭すぎる」のである。(p.111)

 そして、岸は本土就職経験者たちの経験した事態を「差別」ではなく「他者化」という概念で捉え、最終的に「同化圧力が強いほど、他者化される」という仮説を導き出した。それらの手続きを経ることによって、社会学者は自らの想定していなかった事実に対峙した時に、それを否定することなく記述し、対象者の合理性の理解に一歩近づくことができるのである。

 

 

 さて、以上が岸の提示する「他者の合理性の理解」の「第四の道」なのだが、最後にこれに関する簡単な感想をまとめておこう。

 まず、岸の目指す社会学のゴールは「他者の合理性の理解」なわけだが、それはおそらく「社会学」という学問の範疇を越えた領域にまで射程を持っていると思う。岸がいう「他者の合理性の理解」には、社会学に対する提言をなす「ハード」なものと、人間や社会をもっと豊かにするための提言をなす「ソフト」なものが一緒くたになって含まれている感じがする。たぶん、本当はこの二つは明確に分けることはできないはずだが、便宜的には分けたほうが分かりやすいと思う。

 順に見ていくと、ハードな側面において、それは「新たな仮説/変数を発見していく」という目標のもとに行われる理解を指す。これは最終的に量的調査などで確かめられていくのがセットになっている。「第四の道」では、調査対象者の言葉によって、調査者は自らの語彙・概念・理論を変化させることを余儀なくされた。これはいわば、新たな変数を獲得したということである。これによって、もう一度、調査者は新たな仮説を携えて研究にまい進していくことができる。

 だが、この「第四の道」はある種当然のことというか、社会学者が暗黙の裡にやっていることの一つではある。ただ、これを完全に生活史調査、質的社会調査の中心に添えたのは大きい。そして、この提言を聞いて、生活史調査や質的社会調査は、仮説を発見/提示することはできても、仮説の検証をすることはできないということを改めて自覚することができた。言いかえれば、社会学の目標である「人間の心理や行動の因果解明」は、質的調査だけでなく量的調査を加えてやっと成立するものだということである*4。岸・稲葉・筒井・北田などのメンバーで最近、社会学を理論的・方法論的に架橋するプロジェクトが行われているので、本書が生活史調査において打ち出した「第四の道」は社会学研究の発展のための大きな功績になると思う。

 次に、ソフトな意味での「理解」とは、例えば一見不合理な、当人にとって不利益になるような行動を行っている人に対して、「なるほど、そういうことか。そういう事情なら確かにそんな行動をするのは仕方ないよね」と納得する道を示すためのものである。このソフトな側面に関しては、本書の中でも「鉤括弧を外すこと」以外の章で詳細に記述されている。中でも象徴的なのが、最後の二章「爆音のもとで暮らす」「タバコとココア」であろう。

 「爆音のもとで暮らす」は、世界一危険とされる普天間米軍飛行場の近くに暮らす人々に対する、あるベストセラー作家の「うるさいのは分かるが、そこを選んで住んだのは誰だと言いたい」という発言から「自己責任」とは何なのかを問う。確かに、宜野湾市普天間周辺に移り住んだ人は戦後になって急増した。彼らは米軍基地があるということを知ったうえでそこに移り住んだことになる。では、彼らは、なぜはたから見て自らの不利益になると思われるような状況に飛び込んでいったのだろうか。

 岸が生活史を聞き取った普天間基地の真横に住むWさんは、その理由として「親の介護に行くために都合の良い場所だったから」を挙げる。さらに、湧き水やホタル、猫のための道路条件などの理由を挙げる。普天間の轟音については知ってはいたが、住むまではそのすさまじさまでには思いが至らなかったという。そして、岸はWさんの生活史をまとめて以下のように言う。

私たちの生活は、完全な自由と完全な強制の間にある。その複雑さや微妙さは、威勢のよいキャッチフレーズや、大所高所からの「地政学」的なまなざしからは、理解することができないだろう。(中略)

個人が自分の生存条件のもとで、少しでも良きものにしようと精一杯選んだ人生に、私たちは果たして、あの巨大な普天間基地の「責任」を負わせることができるだろうか。私たちは、個人の実際の生活史から考えることで、行為、意図、選択、責任などの概念について考え直すことをせまられる。たとえ自分の意志で普天間に住んだとしても、私たちは耐え難い騒音被害に対して異議申し立てをすることができる。まして、その責任を当事者個人に負わせることはできないのである。(p.306ー307)

 普天間基地の真横に住むという選択をしたWさんは、本土の人たちが普通に家を探すのと変わりない理由でその場所を選んだ。そこに一体どのような「責任」を付与されるべきだろうか。われわれが「自己責任」という言葉でとらえている現象が、いかに多様な妥協のもとで成り立っているのかをWさんの生活史は教えてくれる。それがソフトな意味での「理解」である。岸はそのような「理解」の束のことを、「タバコとココア」の章で「人間に関する理論」と呼んでいる。

「人間に関する理論」とは何か。それは、そのような状況であればそのような行為をおこなうことも無理はない、ということの「理解」の集まりであり、あるいはまた、そのような状況でなされたそのような行為にどれほどの責任があるだろうか、ということを考えなおさせるような「理解」の集まりである。この理論は、輻輳し互いに矛盾する多数の仮説を縮減しない。むしろそれは、もっと多くの仮説を増やそうとする。互いに矛盾する仮説のどちらかを採用し他方を棄却するのではなく、まるで実物大の地図を描こうとするかのように、私たちは矛盾する仮説を最大限に増幅しようとする。この理論によって得られるのは、たとえば、過酷な状況のなかでも人びとは楽しく生きることが可能であるということ、そしてそのような生が可能だからといって、その状況の過酷さを減ずる必要はまったくないという「理解」である。(p.340)

 この相矛盾するような「人間に関する理論」を最大限まで複雑化する必要がある。この場合、科学として単純化・モデル化はある意味不必要である。そして、そのために社会学者のすべきことは、「それぞれの一回限りの歴史と構造のなかで、その状況において行為者たちはこの行為を選択したのだという事例の報告を、無限に繰り返すこと」なのである(p.341)。

 

 さらに、ハード・ソフト両面での「他者の合理性の理解」のほかにも、本書には面白い論点がたくさんあった。それは例えば、彼が立脚する「実在論」や、「歴史と構造の中に個人の人生を結び付ける」というアイデアである。

 前者の「実在論」についていえば、前述した谷のような素朴な実在論に陥るのではなく、同時に桜井のような構築主義からしっかりディフェンスできるレベルの新たな実在論を打ちたてるには、おそらく本書でも引用されたD・デイヴィドソンなどの言語哲学などの議論を掘り下げていく必要があるのだろう*5。個人的には、岸が言うように構築主義が蔓延し、「全てが構築されたものである」といえてしまうのはかなり危険であると思うし、その危機感は「ポスト・トゥルースの時代」と呼ばれる現代においてより増していると思う。だからこそ、「そうは言っても事実は存在する」と力強く述べることが必要だし、それをするためにはかなり綿密な理論的手続きを取らねばならないだろう。

 後者の「歴史と構造の中に個人の人生を結び付ける」に関して言えば、岸自身、本書のその他の章(例えば「海の小麦粉」)で若干の考察を加えている。これは前述した、「責任」や「選択」の概念の再検討にもつながる話ではあるが、「大きな物語」としての歴史と構造を喪失させるということでもなければ、それらを逆に絶対視して個人を完全なる服従者にするということでもない。ここでキーワードになるのが、岸がたびたび使っている「折りたたまれた時間/過去」という表現だろう。

語りを「いまここ」の会話や相互行為に縛りつけず、もっと長い、複雑に折り重なる複数の時間のもとで、もういちど語る必要がーーあるいは私たちにとっては「書く」必要があるのだ。

生活史とは結局のところ、時間についての物語である。私たちはみな、現在に折りたたまれた過去に生きている。敗戦直後の経験は、まだここに存在する。それはまだ生きている。語り手はいまもあの浜辺で小麦粉の箱を待っているし、あの高校野球の試合はいまでも続いている。(p.134)

 歴史と構造、特に歴史に個人の人生を結び付ける場合、生活史調査で必要になってくるのが、語り手の語りの中で流れる時間をどのように捉え、そしてそれをどのように一つの「小さな歴史」として再構成し「大きな歴史」に結びつけるのかという点である。そうなってくると、検討すべきは「時間」とは何か、そしてそれが個人の中で「折りたたまれる」とはどういうことか、生活史研究者はこの「折りたたまれた時間/過去」をどのように扱えばよいのか(折りたたまれたものをほぐせばよいのか、折りたたまれたまま記述すればよいのかなど)ということである。難しい問題だが、検討の余地の多い問題でもある。

 

 最後に、岸は本書の議論の前提として「被差別者」を念頭に置いているが、では「差別者」の合理性は理解する場合はどうなのかという疑問が湧いてくる。いまは「被差別者」とは別に、「差別者」や「加害者」「マジョリティ」とされる者たちの合理性を理解するとは一体どういうことなのか、あるいはそもそも「差別者ー被差別者」「マジョリティーマイノリティ」は一概に決めることはできるのか、という問いを真面目に議論するべきフェーズに入っていると個人的には思っている。

 そういった人々を調査対象とする際には、「被差別者」や「マイノリティ」を対象としている時とは異なる問題が浮上するはずである。「被差別者」や「マイノリティ」を対象とする場合には、「大きな歴史や構造にさらされながらも必死に生きる」という構図を想定することができるが、「差別者」や「マジョリティ」はそのような「大きな歴史や構造」を生産/再生産する側である。彼らの合理性を理解する際に取る手続きは一体どのようなものなのか、あるいはそれは規範的に正しいものなのか。

 この問題に関して、岸自身も自覚的であるのは知っている。『現代思想』2018年2月号において、荻上チキと立岩真也を交えた対談で、相模原障碍者殺傷事件を例に挙げ、岸は「理解できてしまうことの怖さ」を語っていた。以下、少し長いが引用しよう。

立岩さんは『相模原障害者殺傷事件』のなかで、「加害者本人にはあまり興味がない」と言っています。また立岩さんは、「加害者の書いたものを見ると感情的に耐えられないから見ないようにしている」とも言っています。これは私自身の仕事にすごく関係することでもあって、私たちは加害者側を理解できてしまうことの怖さがあるのです。(中略)

今回の相模原の青年もすごく満たされない青年だったと。病歴や不安定な経済状況であるということを調べていくと、彼のやったことを理解できてしまうのではないかと思ってしまう。理解する必要があると思うのと同時に、理解できてしまうのではないかという一つの躊躇がある。つまり、私たちは理解するというとき、立場を交換するのですね。例えば、差別や貧困のなかにいる人の生活史を聞くと、「俺でもこうするな」「僕もそうだったかもしれない」となる。はっきりと思うかどうかは別にして、理解というものは、そうやって原理的に立場を交換できるものにしていく作業です。ところが、加害者を理解することは必要だし、「俺も一歩間違えていたらこういうことになっていたかもしれないな」ということをマジョリティとして覚悟することはすごく大事なのですが、一方で「コイツにもいろいろな事情があったんだな」と思ってしまうのが怖い。(「事実への信仰ーーディテールで現実に介入する」『現代思想』46(2),p.191)

 理解による「責任の解除」は被差別者やマイノリティに対してはある意味では「救い」になるのだが、逆に差別者やマジョリティに対しては「免罪」になってしまう。絶対的な悪というものが本当にあるのかどうか(植松を絶対的な悪とするか)は置いておくとして、とにかく従来の善悪の基準では誰が見ても限りなく「悪」に近いと判断された場合、我々はその人の合理性を理解してしまうことはタブーなのだろうか。被害者の場合とは違って、加害者の場合にはそこには必ず「理解することの怖さ」や「理解してしまうことの正しさ」が付きまとう。

 ちなみに、上のような「迷い」を吐露した岸に対して、立岩は「何が怖いんですか?私はあまり怖くないです。」と即答している。また、荻上も以下のような回答をしている。

社会制度上あるいは法定義上、許す/許さないという話と、社会として受け入れられていくという議論は多分同時にできることなのですが、でも同時に受け止めてくれる人はあまりいないですね。だから書き方が難しい。でも、同時に受け止めないようなタイプの人が本を書くよりは、先に書いたほうがいい。間違った仕方で議題設定されて、「どうです?罰しましょう」みたいなことを言われるよりは、「確かにいろいろあって、許すべきではないところもあるが、でもこういったところも含めないといけない」と先に言っておかないと、変な議題設定をされてしまうのです。だからあまり私は躊躇している暇はないなと思います。(同上,p.193)

 私も岸の問いに対して、立岩や荻上のような立場を取りたい。「理解」と「共感」は違う。例えば、植松の合理性を完全に理解したからと言って、植松に共感し、彼の「悪」を相対化する必要はない。理解したうえで全力で彼を断罪することはできる。立岩が言うように、「どんなにわかろうと、どんなに理解できようと、文脈がつけられようと、悪いことは悪い。まずそこはキープしておいて、その上で、それと同時にいきさつやらを調べればよい」(同上,p.193)のである*6

 だが、荻上や立岩のような、「理解したうえで全力で批判する」あるいは「批判しながら全力で理解する」という姿勢は、ある意味で正しいあり方だと思う一方で、相当に強くないとできないだろうなと思う。大概は、相手の共感できなさに耐えかねて理解を放棄するものである。彼らのようにありたいと思う一方で、岸のように率直な迷いもどこかで残しておくべきだろうなとも思う。この「差別者」「加害者」「マジョリティ」の合理性を理解することの正当性という問題に関しては、もう少し考えていきたい。

 

 

 

*1:ここで個人的にブルデューの「象徴権力/暴力」論を想起した。 ブルデューの理論については以前ブログに書いた。だが、正直ブルデューの理論を単なる「構造主義」や「構造決定論」と決めつけてしまうのは拙速すぎるだろうと思う。ブルデュー理論についてはまたいずれどこかでまとめたい。

*2:ちなみに、このような「責任の解除と主体性の剥奪のジレンマ」については、『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー』の著者である知念渉氏もシノドスのインタビューで述べていた。おそらく、質的調査、特に差別問題などを行う研究者が共通して持つアポリアなのだろう。以下、引用。

「わたしは教育社会学者なので、できるだけ自己責任を解除しようとします。こういう構造におかれたらしかたないよね、というかたちで。でも、自己責任の余地のない存在というのは、自分の主体性を奪われている存在でもあるわけです。つまり、貧困だったからあなたの人生はこんなに厳しかったんですね、という風にいわれると、自分がいままで選択してきた意味や主体性はないといわれているようなものなのかもしれません。だとすれば、それは固有の存在であることが否定されることでもあります。たしかに、自己責任を解除するのは大事なのですが、それによってその人の主体性のようなものを奪ってしまうのはどうなんだろう、と。」

*3:ちなみに、このような「カテゴリー化」をめぐる政治性については、ナショナリズム研究などにも蓄積が存在する。私は以前、アメリカの社会学者ロジャース・ブルーベイカーの「カテゴリー論」についてブログで取り上げた。ブルーベイカーの提示する認知的視座は「構築主義の乗り越え」を志向した理論であるが、それによってある程度“客観的”に民族・人種差別の実態を描くことに成功しているが、やはり後述するように、桜井の「対話的構築主義」と同様の問題を抱えていると思う。

*4:これに関しては、稲葉振一郎『社会学入門・中級編』(2019,有斐閣)の中でも言及されていた。稲葉によると、社会学の調査方法は①質的調査、②量的調査、③質的研究の三つに大別されるという。ここでは、①と③が分けられているのがミソである。つまり、調査者と対面的にかかわる質的調査と、史料などのドキュメントを扱う質的研究とは原理的に異なるものとして見ているのである。そして、社会学の中核になるのは①であるとし、一般理論なき後の社会学で量的調査を導く概念を作ることがその役割であると述べる。つまり、量と質という雑な対比は必要なく、両者は矛盾なく共存するというのである。

*5:それを岸の代わりにやっているのは、おそらく北田暁大稲葉振一郎らなのだろう。ちなみに、前述した稲葉(2019)では、これから質的社会調査を理論的に研究していく者は、言語哲学について触れなければならないと述べられている。私は、言語哲学に限らず、最近書店でも頻繁に見かけるようになったマルクス・ガブリエルなどに代表されるような「新実在論」などの哲学的潮流も検討の対象になるだろうと思う。

*6:ちなみに、私はこの「差別者の合理性を理解してしまっていいのか」という問いに対して、明確にイエスと答えた本が、最近出た伊藤昌亮『ネット右派の歴史社会学ーーアンダーグラウンド平成史1990-2000年代』だと思う。過激な排外主義や差別的言説を唱えているネット右派(ネトウヨ)を「クラスタ」と「アジェンダ」という概念を用いることで細分化し、それぞれのグループでの合理性を解明した良書である。この本を読んだ読後感は、「なんだ、ネット右派が言っていることの中には理解できるものもあるし、なんなら頷ける論理もあるじゃん」だった。これは何も危険なことではなく、要は「理解できるんだったら彼らと対話のテーブルにつくこともできるよね」ということである。植松に対してもこの論理が通じるかは正直分からないが、少しは希望が抱けるのではないか。

ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』※ネタバレあり

 韓国の鬼才、ポンジュノ監督の新作『パラサイト 半地下の家族』を観た。

 

映画『パラサイト 半地下の家族』オフィシャルサイトwww.parasite-mv.jp

 

 ポン・ジュノ監督作品はそんなに観たことがなく、『グエムル』と『スノーピアサー』ぐらい。どちらも韓国特有の格差社会の問題を戯画的に描いた作品だった。当時これらの作品を見たときはあまり個人的には響かなかったと記憶しているが、今作は大傑作だった。パルムドールだけでなく、各国の映画賞をかっさらっているのも肯ける出来である。アカデミー作品賞にもノミネートされたらしい。

 すでに各所の記事で指摘されている通り、昨今話題に上がる映画は、資本主義の行き詰まりや格差社会というテーマを描いた作品が多い。例えば、ケン・ローチ『家族を想うとき』、トッド・フィリップス『ジョーカー』、そして是枝裕和万引き家族』などである。そして、今作『パラサイト』もそれらの系譜に位置づけられるのだろう。絶望的なまでに開いた格差を映画的技巧で巧みに表現しながら、それでいて階級社会のリアルを描ききっている。少し早とちりではあるが、間違いなく今年のベストに食い込むであろう傑作である。

 

 少し長いが、今作のストーリーラインを確認しておこう。

 物語は、韓国の「半地下」に暮らす四人家族が身分を偽り、丘の上に暮らす富裕層の家(パク社長一家)に勤務(パラサイト)するところから始まる。半地下の家族はそれぞれの長所(兄ギウ→英語、妹ギジョン→美術、父ギテク→ドライバー、母チョンソク→家事)を生かし、もともといた住み込みの家政婦ムングァンを追い出して、巧みに富裕層家族に取り入っていく。

 そして、ある日、パク社長一家が旅行で家を空けた隙を見て居間でくつろいでいた半地下家族のもとに、追い出したはずのムングァンが戻ってくる。「地下に忘れ物をした」と告げる彼女を仕方なく家の中に入れるが、何か様子がおかしい。ムングァンの後を追い、恐る恐る地下に降りていった家族が見たものは、その家政婦の夫と、地下に広がる生活空間だった。

 ムングァンは半地下の家族の正体を知り、それをパク社長一家に伝えようとケータイで証拠の動画を撮るが、今度はそれを阻止しようとする半地下家族ともみくちゃの喧嘩になる。さらに、そこに旅行に出かけたはずのパク社長一家が、嵐のため家に帰ってくるという電話が入る。ムングァンとその夫を地下に閉じ込め、隙を見て社長宅を脱出して家族は何とか難を逃れる。

 次の日、事情を知らないパク社長一家は、庭で友人を招いてパーティを開く。パーティに招かれた半地下家族は、彼らに悟られぬように昨夜の騒動の後始末をしようと画策するが、錯乱したムングァンの夫が地下から脱走し、キッチンの包丁をとって庭にいたギジョンの胸に刃を突き刺す。優雅なパーティは一瞬で凄惨な現場と化す。

 自分の娘の無残な姿に怒った母チョンソクはそばにあったバーベキュー用の串でムングァンの夫を刺し絶命させる。だが、それだけで騒動は終わらなかった。パク社長は長年の地下生活でハエがたかるムングァンの死体を前にして露骨に不快な表情を浮かべ、鼻をつまむ。その表情を見たギテクは、我を忘れて近くにあった包丁をパク社長に突き刺す。再度、庭に悲鳴が響き渡る。そして、我に帰ったギテクは忽然と姿を消す。

 

 冒頭にも述べたが、本作のテーマは紛れもなく「格差社会」である。それは言いかえるならば、「上下のヒエラルキー構造」である。本作はそんな「上下」や「ヒエラルキー」を表すメタファーがふんだんに盛り込まれている。

 まずは、その特徴的なカメラワークである。本作は基本的に半地下家族の家と、パク一家の豪邸の二つしか舞台が用意されていない。非常に閉じられた世界観にストーリーが集約されている。この仕掛けはかなり意図的なものと考えられる。つまり、意図的に横の広がりを排除することによって、「上」と「下」、そしてその絶望的なまでの隔たりを表現しているのだろう。そして、その隔たりの長さを表すために、かなりしつこく二つの家の移動シーンに時間を割いている。さらに、象徴的なのが洪水のシーンである。パク社長宅での水かさはせいぜいくるぶしほどだが、下へ下へと降っていくに連れてその水量は増していく。「水は低きに流れる」のと同様に、社会の負担はすべて貧困家庭に流れていくのである。

 ちなみに、このような格差社会の上と下の交わりを描いた作品としては、黒澤明の『天国と地獄』(1963)がまず想起される。だが、それと比較してみても、今作は二つの家にかなりフォーカスを絞っている。こういった点に着目すると、1963年と2019年、そして日本と韓国では、現代韓国のほうが格差の幅が途方もなく広がっていると解釈できるかもしれない。

 

 だが、ここまでであれば、「格差」を描いた映画としては、まあよくある表現である。ポン・ジュノの卓越性はその先にある。

 プロットを見て一つの疑問が浮かぶ。なぜ、家政婦の夫は、パク社長ではなく、半地下の家族を憎んだのか?彼は1、2年前に韓国で流行った台湾カステラの事業に失敗し、地下暮らしに落ちた。かたや、パク社長はIT業界で成功を収め、壁を隔てて何不自由ない生活を送っている。家政婦の夫はパク社長を呪ってもおかしくないのに、むしろ「リスペクト」すらしている。

 ここに階級社会を残酷なまでにリアルに描くポン監督の恐ろしさがある。実際、本当に階級の下にいる人々は怨嗟の声を富裕層に向けることはない。なぜなら、貧困や飢えはそういった現状を正しく認識する能力・知識をも奪うからである。しかも、自分と富裕層を較べようにも、もはやその差は歴然で比べる物差しもない。

 逆に、彼らの怒りは少し上の人々に向かう。そう、「半地下」の家族である。本作で主人公一家が「半地下」に住んでいるというのは非常に象徴的である。つまり、彼らは「地下」ではない。地上に出るか出ないか、そういった絶妙な位置にあるのが半地下の家族なのである。本当の「地下」の家族(家政婦夫婦)は半地下の家族を憎むとともに富裕層を崇拝し、半地下の家族は本当の「地下」の家族に同情しつつも富裕層に嫉妬の炎を燃やす。本作は、このような階級の複雑な利害関係を「地下」というメタファーを用いて巧みに描いた作品なのである(こういった現代社会の階級闘争、および階級の団結の困難さについては、ケン・ローチ『家族を想うとき』でも描かれていた。ケン・ローチ "Sorry We Missed You"(邦題『家族を想うとき』)※ネタバレあり - 楽楽風塵)。

 そう考えると、本作における富裕層(パク社長一家)の位置付けも特徴的である。彼らは一貫して「いい人」として描かれている。半地下、地下の家族にひどい仕打ちをするわけでもない。彼らに非があるとするならば、それは無邪気な差別意識である。地下、半地下の人々の「臭い」に敏感に反応し、顔を歪める。そして、それを覆い隠そうともしない姿勢が最終的にギテクの逆鱗に触れる。

 

 さらに、ギテクを最後の凶行に駆り立てた要因はもう一つ存在する。それが、パク社長の家族に対する態度である。

 パク社長専属のドライバーとして採用されたギテクは、社長との会話の中で何度も「奥さんを、家族を愛しているのですね」という言葉を投げかける。たしかに家でのパク社長の様子を見ていると、それはテレビや雑誌などで流される「理想」の家族の在り方に見える。このギテクの何気ない言葉は、パク一家を見ていれば当然出てくるセリフの一つである。だが、この問いかけに対するパク社長の回答はいずれも歯切れが悪く、それはギテクが何気なく言った「愛」という言葉を軽く嘲笑するようですらあった。

 そして、ラストの破局へ向かう直前、ギテクを凶行に駆り立てる最大の引き金になったのも、このパク社長の家族に対する「冷やかさ」であった。インディアンの格好をして一緒に息子を驚かせてやろうとギテクに持ちかける社長に対して、もう一度ギテクはあのセリフを言う。だが、今度の社長の返答はそれまで以上に冷酷なものだった。「これも仕事と割り切ってくださいね」。そう告げる社長の顔は、いまから自らの息子を喜ばせようとする親のそれではない。そう告げられたギテクの怒りとも悲しみとも取れない無表情が、画面にアップで映し出される。

 思えば、ギテクはお世辞にも有能な父親とは言い難かった。むしろ、家族の中では一番足手まといである。だが、彼はどんな時でも家族を第一に想っていた。それはギテクだけではない。半地下の家族みな劣悪な環境にありながら、家族を裏切ることは絶対なかった。しかも、ギテクは作中で社長夫人への好意を露わにするシーンが何度かあった。「金持ちなのにいい人なんだ」というギテクの言葉は、その直後に妻チョンソクの「金持ちだからいい人なのよ」という返答にかき消されるが、その気持ちはもうほとんど「恋」と呼んでもよかった。パク社長のラストのセリフは、社長夫人の気持ちだけでなく、「どんな苦境にあろうとも家族が第一」というギテクの信念すらも踏みにじったのである。

 

 そうなってくると、半地下の家族はそもそも富裕層に本当になりたかったのだろうかという疑問すら湧いてくる。彼らは様々な偽装によって社長宅にパラサイトするが、結局それによって幸せになったとは言えない。そのようなカネや見た目では乗り越えられない境界線を端的に表していたのが「臭い」であるのは間違いないが、それ以上に半地下の家族の複雑な心情を捉えていたメタファーが「石」である。ギウは社長宅で家政婦との騒動があった日から、友人からもらった「山水景石」という石を後生大事に持ち運び始める。そして、「なぜかこれが身体から離れないんだ」と言う。さらに、パーティに招待されたギウは庭でバーベキューの用意をする富裕層の友人たちの立ち居振る舞いを見ながら、「みんななんであんなに普通にできるんだ」と独りごちる。

 偽装までして富裕層にパラサイトしたギウは、この時点で自らが結局それらの生活になじむことがないということを悟ったのだろう。そして、石を胸から離さなくなる。石は下へ下へ行きたいというギウの心情を表した秀逸な表現である。空間的な境界線を越えることは容易だったが、心的な境界線を越えることは予想以上に困難だったのである。

 

 ポン監督は本作に出てくる人々の誰かを「悪人」として描くことはしなかったとインタビューで話している(ポン・ジュノ監督が傑作『パラサイト 半地下の家族』で描いた、残酷なまでの「分断」 | ハフポスト)。そして、こう続ける。

彼らは見えない線を引いていて、その線を越えた外の世界にはまったく関心を持っていません。たとえ目に見えていたとしても、線の外にいる貧しい人たちのことは、まるで見えていないかのように行動するのです。幽霊のように、いないものとして扱っているんです。この作品は、その見えない一線が越えられた時に起きてしまう悲劇を描いています

 確かに、悪役はいない。誰もが憎めない要素を持ったキャラクターである。しかし、それを「無垢」という言葉で片づけることができるのは、それぞれの階級が同じ階級だけで、あるいは同じ家族だけで過ごす瞬間に限られる。ひとたび様々な階級が同じステージに上がれば、見えない境界線は可視化され、無邪気な差別意識が表出する。

 むしろ、悪役がいないからこそ、観客は見終わった後に何とも言えない敗北感とやるせなさを抱く。このわだかまりを我々は一体どこにぶつければいいのか。資本主義という構造なのか、人間の無邪気な差別意識なのか。そんなモヤモヤが今でも頭の中を浮遊している。

 

 

2019年映画ベストテン

 2019年公開の映画でベストテンを作ってみた。

 

 振り返ってみると、今年はNetflixに加入したのが大きかったなと思う。Netflix公開の良作が量産されはじめているので、劇場に足を運ぶ機会が少なくなった私としてはかなり嬉しい時代になったなと感心する。

 けど、Netflixを使うようになってから思うようになったのは、やはり劇場で映画を見ることの大切さ。例えば、スターウォーズのファンファーレを劇場の大画面と高品質な音響で聴き、冒頭から引くぐらい涙を流すという体験は、やはり劇場に行くからこそできることだなと実感する。来年は映画を見る機会がさらに減るだろうが、映画を見ることの喜びは忘れないようにしたいなと思う。

 

・10位 グリーンブック

 オスカーを受賞した本作。1960年代の人種差別が横行していた時代に、ハイソな黒人ジャズピアニストと粗野なイタリア系白人ドライバーの心の交流を描いたロードムービー。人種という壁を超えていけるという明確なメッセージを打ち出した希望に満ちたストーリーで、これがオスカーを獲るというのは時代の要請でもあるのかなと思った。

 同じく人種差別を主題とした『ブラッククランズマン』とは対を成すストーリー展開で、意見は分かれるだろうが、個人的には『ブラッククランズマン』のほうがより複雑な人種間の葛藤を描けていたと思う。

 

・9位 スパイダーマン/スパイダーバース

 マーベルシリーズの中でも最も人気の高い「スパイダーマン」を全く異なる作風で描いた作品。スパイダーマンのどこか楽観的でポップな雰囲気を残しつつ、そこにヒップホップ的な要素も盛り込んでいて、路上アートを見ているようなライトな感覚で楽しむことができる。

 マーベル一強の映画産業で、今後このようなサイドストーリーの良作が出てくるのはファンとしては楽しみで仕方ない。

 

・8位 運び屋

 クリント・イーストウッドの最新作。御年89歳にして監督と主演を務めるという映画狂ぶりは健在。

 ただし、『ダーティハリー』から『グラン・トリノ』に至るまで、保守的な米国の男性像を描いてきたイーストウッドだが、本作ではその描かれ方にも若干の変化が見られる。家族を省みることなく、自らの道を突き進む主人公がラストで辿り着く答えは、以前のイーストウッドであれば導き出されなかったものなのではないかと思う。

 余談だが、アメリカ映画の黄金期を支えてきた監督が年を経るごとに思想の変化を経験するというのは、なにもイーストウッドに限ったことではないようだ。実際、今年公開された『アイリッシュマン』の監督マーティン・スコセッシも、本作の中でロバート・デニーロを使ってそのような傾向を体現させていた。それは『グッドフェローズ』とはまた異なるラストであった。今後これらの監督たちがどのような作品を撮るのか注目である。

 

・7位 マリッジストーリー

 Netflixで公開された作品。監督はノア・バームバック。自身の経験(あるいは、本作でヒロインを務めるスカーレット・ヨハンソン)を踏まえて、ある夫婦の別離の過程を描く。主演男優はスターウォーズでカイロ・レンを演じたアダム・ドライバー

 離婚調停ものといえば『クレイマークレイマー』が有名だが、あえてそれと対比すれば、本作はより「夫婦の愛」を突き詰めた描いた映画だった。確かに、二人を愛しあっていた。しかし、愛に段階があるとして、それが一定段階を下回れば収拾がつかなくなる。二人の口論を撮った長回しのシーンに代表されるように、法と金と見栄というフィルターを通して、愛が憎しみへと変わっていく過程を繊細なタッチで描いていた。

 

・6位 アベンジャーズ/エンドゲーム

 やはりこれを入れねばならないだろう。アベンジャーズシリーズ堂々の完結である。良くも悪くもMCUの登場によって映画産業はすっかりその形容を変えてしまった。その第一フェーズの終わりを飾るのに十分すぎる出来栄えだったと思う。今年の暮れに公開された『スターウォーズ』の完結編が本作に遠く及ばない出来だったのをみるにつけ、やはり現代映画産業を語るにはまずマーベルを語らねばならないとしみじみ思った。

 『アイアンマン』(2008年)の公開から無尽蔵にキャラクターを増やしていったマーベルシリーズだが、それらの全てを過不足なく一つの作品に収めたのが今作。まるでオーケストラを見ているようである。しかも、タイムトラベル要素を組み込み、これまでの作品にオーバーラップさせるという戦略に、ファンの脳汁はもうダダ漏れである。そして、キャップの「アッセンブル…!」まで持っていくストーリー展開も完璧すぎる。ありがとう。

 

・5位 ROMA

 これもNetflixで公開された作品。監督は『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン。だが、本作は全くSF要素はなく、監督の幼少期の記憶などをもとに1970年代のメキシコの日常を淡々と描いている。

 画面はモノクロで構成されており、物語の柔らかさに一層磨きがかかっている。人々の何気ない会話、デモ隊の喧騒、動物の鳴き声、海のさざなみなどあらゆる自然の営みが映画のBGMの役割をなしている。優しく、だが力強く生きる人間たちのドラマである。

 1970年代のメキシコが舞台だが、当時の状況がどういったものだったかは作中では明示されない。だが、端々でその世相が映し出され、確かにそれが人々の生活を縛っていることが分かる。時代状況を捨象しないまま、しかし人々の生活をつぶさに描いていく姿勢は、例えば『クーリンチェ少年殺人事件』に似ている。

 

・4位 家族を想うとき

 ケン・ローチ監督の最新作。「ギグ・エコノミー」と呼ばれる職業の過酷な現実を描く、告発型の映画である。

 前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』と比べると明らかに本作は現状への危機感や切迫感が増していることが分かる。是枝監督と同様、家族のあり方を問うてきたケン・ローチが、今作では徹底して「労働のあり方」を問題提起している。さらに、「労働者階級」という枠組み自体がいまや成り立たないということも本作から窺い知ることができる。今年見るべき良作。

ケン・ローチ "Sorry We Missed You"(邦題『家族を想うとき』)※ネタバレあり - 楽楽風塵

 

・3位 ブラック・クランズマン

 『マルコムX』のスパイク・リー監督最新作。トランプ大統領就任、白人至上主義の台頭に対するリーなりの回答が本作である。作品の端々に彼らへの批判、そして危機感がにじみ出ている。その批判精神はやはり見習うべきものがある。

 白人至上主義団体KKKに潜入捜査する黒人警官の実話をもとにした本作。人種差別、そして白人至上主義に加担する人々の実像をリアルに、かつ皮肉を交えて描いている。ラストの怒涛の畳み掛けといい、エンタメと社会批評を絶妙に織り交ぜた傑作。

 現代の惨状を見て作られた本作だが、当時1970年代の状況と比較してみると、やはり現代レイシズムの特異性も浮き上がってくる。当時はかなり漠然とした理由で黒人に対する差別が横行していたが、現代ではより巧みにその根拠を構成して排外を正当化している。そんな現代の特徴を明らかにするためにも本作がいま作られた意義は大きいと思う。

『ブラック・クランズマン』※ネタバレあり - 楽楽風塵

 

・2位 ジョーカー

 間違いなく、今年最大のダークホースだろう。ヒーローものとしては異色の作品で、『ダークナイト』(2008年)のヒース・レジャー版ジョーカーに次ぐ、新たなダークヒーローの誕生である。

 監督のトッド・フィリップスは『ハング・オーバー』などで知られるコメディ畑出身で、だからこそ本作の悲劇と喜劇のはざまを絶妙に攻める映像が撮れたのだろう。そして、なんと言ってもジョーカー(アーサー)役のホアキン・フェニックスの怪演である。本作を単なるオマージュを散りばめただけの作品で終わらせなかったのは、ひとえに彼のおかげといっても過言ではないだろう。

 さらに、スコセッシの『キング・オブ・コメディ』同様に、本作は現実と虚構(妄想)の境界線を曖昧にした内容になっている。本作がここまでのヒットを記録したのは、本作の時代背景とアーサーの境遇が現代の社会状況にマッチしたからだろう。このポピュリズムの時代にこそ本作は受け入れられた。各地でジョーカーのメイクを真似する人が絶えないのはその証左である。

 だが、本作はそんな状況すら嘲笑うかのようなラストで終わる。本作がポピュリズムを喚起したのは間違いないが、同時にラストでポピュリズムを殺している点にも注目すべきだろう。

 

・1位 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 堂々の1位はクエンティン・タランティーノの最新作である。見終わった時はちょっと飲み込めなかったが、徐々に味わいが増すスルメ映画である。

 ハリウッド全盛期の1960年代終わりを舞台にし、シャロン・テート殺人事件を下敷きにした本作。だが、当事件が作中で詳細に描かれているわけではない。あくまでも、落ちぶれた俳優リック・ダルトン(ディカプリオ)と専属スタントマンのクリフ・ブース(ブラピ)を媒介にして、あの日のノスタルジーと「ありえたかもしれない未来」を描く。

 『ヘイトフル・エイト』で絶妙なセリフの駆け引きと糸を張り詰めたような緊張感を演出したタランティーノだが、本作でもその技術が遺憾なく発揮されている。結末を知っているからこそ観客は緊張感を維持するのだが、だからこそ露悪的なまでのラストの展開に肩透かしを食いながらも拍手喝采を送るのである。

 ほかにも、農場に行って帰るだけのブラピをなぜあれだけカッコよく撮れるのか、とか色々と語りたいことが続出する傑作である。全ての映画ファンを魅了すること間違いなしである。

 

 

梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』

 2019年読んで面白かった本、第二弾。

 

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

 

 

 中国の高性能監視カメラ、新疆ウイグル自治区での強制キャンプなど、日本でもその監視国家ぶりが度々報道されている中国であるが、それらの散発的に報道される現象をより包括的に、そして「功利主義」や「市民社会論」などの観点から解明した本。めちゃくちゃ面白く、かつ明快である。以前、梶谷氏の『中国経済講義』(中公新書)の評を書いたが、その続編というか、より思想的な側面で現代中国を理解することができるのではないだろうか。

cnmthelimit.hatenablog.com

 

 以下、目次。

第1章 中国はユートピアか、ディストピア

第2章 中国IT企業はいかにデータを支配したか

第3章 中国に出現した「お行儀のいい社会」

第4章 民主化の熱はなぜ消えたのか

第5章 現代中国における「公」と「私」

第6章 幸福な監視国家のゆくえ

第7章 道具的合理性が暴走するとき

 

 第1章では、昨今、よく中国をジョージ・オーウェルの『1984年』に例える報道を目にするが、むしろ現在の中国を表すのに適切なたとえは、おなじくディストピア小説として挙げられるオルダス・ハクスリーすばらしい新世界』ではないかという問題提起がなされる。「『1984年』が20世紀初頭の社会主義のイメージに強く影響された世界観であるのに対して、『すばらしい新世界』はすぐれて資本主義的な、ある意味ではその理想形である未来像を示している」(p.27)。

 第2章では、中国のイノベーションの立役者であるアリババ(および、当社が手掛けたEC市場)のメカニズムや、中国版ギグエコノミーの実態が描かれる(功罪両面を含めて)。続く第3章では、AI技術を用いた最新監視カメラがいかにして統治テクノロジーを実現しているのか(AI顔認証における「匿名性を前提としたセグメント化」と「顕名性に基づいた同定化」の違いはおもしろい)や、「社会信用スコア」などの技術が紹介され、それが行動経済学における「ナッジ」や「リバタリアンパターナリズム」に結びつくという話が展開される。そして第4章では、それらの動きがどのようにして中国の民主化を抑え込んでいるかが描かれる。

 

 本書の中でも特に面白かったのが、第5章と第6章である。以下では、この二つの章をやや詳細に見ていこう。

 以上の章までの記述で、中国では政府の統治テクノロジーによって民衆の声が巧みに抑え込まれていることが分かった。だが、そのような中国のあり方は、どうしても西側諸国には奇異に映る。なぜ、このような非民主主義的で権威主義的な体制が存続しているのか。これを「市民社会」や「市民的公共性」という概念で説明しようと試みているのが第5章である。

 そもそも、今では当たり前のものとなった「市民社会」という概念の意味は歴史的に変遷してきた。簡単に整理すると、そこには三つの意味が含まれている。一つ目は、「法律の前での平等」の下で人々が政治に参加する「公民社会」(英語のcivil society)。二つ目は、自由に経済活動を行う場としての「経済社会」(ドイツ語の、die bürgerliche Gesellschaft)。三つ目が、ハーバーマスが『公共性の構造転換』(第2版)の中で論じた、1990年代以降に現れた国家とも営利企業とも異なる「第三の領域」としての市民社会NGONPOなど)である。欧米では、この三つの概念を明確に区分しているが、日本ではこれらをまとめて「市民社会」と呼ぶため、しばしば混乱が生じる。本書では、三つ目に限定して「市民社会(団体)」と呼んでいる。

 このような西洋を起源とする市民社会論は中国にも輸入され、2012年ごろから環境保護団体や農民工への支援をする草の根NGOを指して、このような市民社会の担い手とする議論が浮上する。しかし、このような議論に対しては多くの反論が提出されてきた。批判者は、中国におけるNGOは結局ハーバーマスが言う意味での「自由な討論によって支えられた」組織ではなく、中国共産党による官製労働組合である「工会」の隙間を埋めるだけの存在でしかないと主張した(「工会」については、上述の前エントリで紹介した)。

 このような批判に対して、中国の草の根NGOを研究する李妍●(火が三つ)は中国思想史研究者である溝口雄三の議論を援用しながら、中国の市民社会における「公共性」概念には、「天理」に代表される儒教思想が重要な役割を担っていると説明している。

 「中国の公観念には、『天』の観念が色濃く浸透しており、それは古来の『天理』、すなわち『万民の均等的生存』という絶対的原理に基づく。政府、国家も、世間や社会、共同も『天理』を外れてはならない」「公共性を担う存在として、国家も市民社会もその正当性は所与のものではなく、『天理に適う』ことによって担保される。天理に適う役割を示さなければ、公共性を担う資格(権威)が認められない」(p.149ー150)

 例えば、習近平政権期になってから大々的に行われるようになった「反腐敗キャンペーン」は、私的利益をむさぼっている役人や政治家を習近平政権が共産党の規律委員会を通じて厳しく取り締まり、それを通じて「公共性」を実現する意図があった。そこで実現される「公共性」は、あくまでも私的利益の外部にあり、さらにそれを否定するものである点に注意が必要である。これは私的利益を単に否定的な対象として見るのではなく、その基盤の上に公共的なものを立ち上げようとした西洋社会とは対照的である(p.157)。

 このように、中国社会においては、公的なものと私的なものがしばしば分裂しがちである。このような見方は中国史研究者によってすでに指摘されていた。例えば、寺田浩明は『中国法制史』の中で、中国の法概念は「公論としての法」として規定できるという。「公論としての法」は、西洋起源の「ルールとしての法」と対置される。後者が普遍的なルールが抽象化された形で存在しており、それが個別案件に強制的に適応されていくというロジックによって組み立てられているのに対して、前者はあくまでも個別案件において「公平な裁き」を実現していくことが重視される。ここで言う「公平な裁き」とは、案件ごとに異なる個別の事情や社会情勢を考慮して初めて実現されるもので、それらの事情を考慮せず機械的にルール=法を適用することはむしろ否定の対象になるため、そういった「公平な裁き」を実現できるのは教養を積んだ人格的にも優れた一部の人に限るとなる(p.158ー159)。

 さらに、寺田は西洋や日本と中国の「法」の位置づけの違いから、両地域の社会の仕組みの違いを指摘している。西洋や日本と違って、伝統中国の社会秩序はあくまでも経済利益によって支えられた個別的な契約関係の「束」として形成されるものであり、強固な団体的結びつきを欠いた「持ち寄り型の秩序」であるという。これは「法」が個別の事情や社会情勢を超越した「普遍的なルール」としての機能を持たない「公論としての法」と対応する。

 したがって、このような社会秩序の下では、公権力と社会の関係性も西洋社会のそれとは異なってくる。西洋社会では、社会の中にある規則性を市民たちが自覚的に取り出して明文化し、それを自らが従うべき規範として権力が再定位することによって権力の正当性が担保されるが、中国社会では、法秩序があくまでも「個別案件」として処理され、その公平性の拠り所も公平有徳な大人という属人的な形になるため、治者と被治者との一体性は成立しえない(p.160)。

 これは中国社会で民主化を語る際の困難さにもつながってくる問題である。中国においては、「民主」という言葉に、①政治的権利の平等、②経済的平等、という二つの意味が含まれている。すなわち、①は欧米近代思想に源流がある、政治的権利の平等と権力の分散を意味する民主化(「民主Ⅰ」)であり、②は中国の伝統思想に起源を持つ、経済的平等化とパターナリスティックな独裁権力によるその実現を意味する民主化(「民主Ⅱ」)である。中国では、「民主Ⅰ」を要求する立場を右派(リベラリスト)、「民主Ⅱ」を要求する立場を左派(ナショナリスト)とする(p.163の表参照)。

 このような政治的権利の平等化と経済的権利の平等化は、権力との関係において反対方向のベクトルを持つものである。つまり、中国社会においては、前者の「政治的権利の平等」を要求する立場(リベラリズム)が、後者の「経済的平等化」を要求する声にかき消されるか、あるいは政権によってあからさまな弾圧が加えられるという状況が生じてきた。なぜなら、経済的平等(再分配)を行うためには、国家権力の大幅な介入を必要とするため、経済面での平等の要求は国家権力の制限ではなく、むしろよりパターナリズムを容認・強化するほうに働くからである(p.165)。

 

 第6章では、「功利主義」という観点から中国の監視社会化を論じている。

  功利主義の主張のコアな部分は、①帰結主義、②幸福(厚生)主義、③集計主義という三つの部分に帰着する。①はある行為の(道徳的)「正しさ」はその行為選択の結果生じる自体の良し悪しのみによって決まるという考え方。②は道徳的な善悪は社会を構成するひとりひとりの個人が感じる主観的幸福(厚生)のみによって決まり、それ以外の要素は本質的ではないとする考え方。③は社会状態の良し悪しや行為選択の(道徳的)「正しさ」は、社会を構成する一人一人のの個人が感じる幸福の量によって決まるという考え方である(p.171)。功利主義的な考え方は監視社会化を正当化するのに非常に適合的である。なぜなら、社会的に「正しくない」行動パターンを持つ人に対して、あらかじめ行動の自由を奪うことはその社会全体の利益や幸福を増大すことにつながるからである。

 現在、中国に限らず、このような功利主義的思考がもう一度見直される傾向にある。その背景には、自己責任論の台頭以外にも、「道徳の科学的解明」が関わっていると著述家の吉川浩満はいう。「道徳の科学的解明」とは、今まで哲学や倫理学の領域で考えられてきた人々の道徳的な善悪の判断や正義感などを、認知心理学認知科学などの科学の分野で解明しようとする事態を指す。

 代表的なものとしては、「心の二重過程理論」がある。二重過程理論では、人間の脳内に「システム1(速いシステム)」と「システム2(遅いシステム)」という異なる認知システムがあるとされる。前者のシステムは演算能力をそれほど必要とせず、迅速な判断が可能、そして自動的・無意識的・非言語的に機能する。後者はより多くの演算能力を必要とし、意識的・言語的な集中を要する。これは人間の進化過程の中で順次備わってきた能力であり、システム1は種・遺伝子の利益を最大化するように作動する、脳の古い部分である一方で、システム2は種というよりも個体の利益・生存可能性を最大化するために備わった能力である。人間はこの二つのシステムを自由自在に使い分けることはできず、油断すればすぐに集中力を必要としないシステム1が作動してしまう。これが非合理的な誤りが生じる原因とされる(この「システム1・2」に関する話は、綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。」の中でも出てきた。綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』 - 楽楽風塵)。

 哲学者のジョシュア・グリーンによれば、この二つのシステムはそれぞれ、システム1=道徳感情、システム2=功利主義に対応するという。この異なるベクトルを持つ思考回路は、例えば「トロッコ問題」のようなジレンマに直面する。トロッコ問題には明確な答えが用意されていないが、人間はもしゆっくり考える時間があるならば、えてして批判的な吟味が可能な功利主義的思考が選ばれることになる(p.178)。このような思考に大きなエネルギーと時間を要するにもかかわらず、明確な答えがない事柄であれば、そもそも人間よりも功利主義的・合理的に思考できるAIにその役割を担ってもらおうとする考え方が出てきてもおかしくない。そして、実際そういった動きはすでに欧米で始まっているのである。

 このような状況に対して、当然異論が唱えられている。代表的な論者がキース・E・スタノヴィッチによる「道具的合理性」と「メタ合理性」という議論である。道具的合理性とは、あらかじめ決められた目的を達成しようとする場合に発揮される合理性ののことであり、かつてウェーバーは言ったアレである。しかし、この道具的合理性では、何らかの目的が本当に目的とするべきものであるかどうかを判断することはできない。そこで、道具的合理性よりも一歩高い地点から目的自体の妥当性を判断するメタ合理性が必要になる。チンパンジーでも「食べるために目の前のバナナをむく」という道具的合理性を持っていることから、このメタ合理性が働くか否かが人間とチンパンジーの境界線であるとスタノヴィッチは言う。

 では、我々人間はどのようにしてこのメタ合理性を社会に実装していけばいいのだろか。ハーバーマス的に言えば、それは自由で自律した個人が集まって討論する「市民的公共性」がメタ合理性を担保する領域である。これを加味して、現代社会の合理性と公共性の関係を筆者が整理したものがp.185の図である。ここでは、下から順に「ヒューリスティックベースの生活世界」と「メタ合理性ベースのシステム」、「道具的合理性ベースのシステム」の三つの領域が存在する。

 「ヒューリスティックベースの生活世界」では、直感的で素早いが間違いも多い、「人間臭い」やり方で人々の生活が営まれる。いわば、システム1が主に作動する場である。そして、「ヒューリスティックベースの生活世界」と「メタ合理性ベースのシステム」(具体的には、議会や内閣、NGOなど)との間におけるインタラクションの在り方がいわゆる「市民的公共性」にあたる。さらに、「メタ合理性ベースのシステム」で得られた結論が、「道具的合理性ベースのシステム」を制御(法律の制定など)していく。ここまでは、ハーバーマスが「生活世界」「経済システム」「政治・行政システム」と整理したものにそれぞれ対応している(参考⇒ユルゲン・ハーバーマス『後期資本主義における正統化の問題』 - 楽楽風塵)。

 厄介なのは、現代では巨大IT企業(GAFAなど)の出現に代表されるように、「市民的公共性」とは異なる形で、市民と統治システムの間における独自の相互作用を生み出している点である。それを本書では「アルゴリズム的公共性」と呼んでいる。これが、「メタ合理性ベースのシステム」を飛び越えて、「ヒューリスティックベースの生活世界」と「道具的合理性ベースのシステム」をつないでいる。市民がビッグデータを提供するかわりに、巨大IT企業は功利主義的思考にもとづいて設計されたアーキテクチュアを提供しているのである。

 昨今、問題化しているのは、この「アルゴリズム的公共性」が肥大化し、「道具的合理性ベースのシステム」がより露骨に生活世界の統治を行っていることである。残念ながら、これを防ぐ方法は現在のところ、「メタ合理性ベースのシステム」(議会など)を通して、「道具的合理性ベースのシステム」を制御する制度を作るぐらいしかない。それを代表するものが、2016年に欧州で制定された「GDPR(一般データ保護規則)」である。

 翻って中国はどうだろうか。中国の現状を見ると、各国以上にこの「アルゴリズム的公共性」が肥大化していると言える。そもそも歴史的に「市民的公共性」が成熟していない地域では、その代替物として「アルゴリズム的公共性」が強化される傾向にある。そして、5章で見たように、中国ではもともと国家も市民社会も必ず「天理に適う」ことによりその正当性が担保される「天理」という概念が存在した。この儒教的な「天理」による公共性の追求は、アルゴリズムによる人間行動の支配への対抗軸になるというよりも、むしろそれと一体化する、あるいはそれに倫理的なお墨付きを与える可能性が高いと筆者は述べている(p.196)。そして、この「道具的合理性ベースのシステム」が暴走した果てにあるのが、現在のウイグルの惨状である(第7章)。

 

 この本の白眉はこの5章、6章だろう。現在の中国の状況を、中国の文脈で語り、かつ「公共性」「功利主義」などの概念を媒介することによって、問題を中国だけに終わらせることなく、あらゆる地域に共通するものとして議論を活性化を促している。今年読むべき良書。