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トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』――「はじめに」

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』(2023、みすず書房)を読み始めた。

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www.kinokuniya.co.jp

1000ページ超の大著である。暇を見つけて読み、少しずつメモしていく。

先に断っておくが、前著『21世紀の資本』は未読。『資本とイデオロギー』はそれを下敷きにし、刊行後に様々な識者との議論の末に生まれたものらしい。有名な公式「r>g」、つまり資本収益率が経済成長率を上回ることで格差が拡大するという主張は著作を飛び越え、もはや一つのテーゼとなっている。

 

目次は以下の通り。

はじめに

 

第I部 歴史上の格差レジー

第1章 三層社会――三機能的格差

第2章 ヨーロッパの身分社会――権力と財産

第3章 所有権社会の発明

第4章 所有権社会――フランスの場合

第5章 所有権社会――ヨーロッパの道筋

 

第II部 奴隷社会、植民地社会

第6章 奴隷社会――極端な格差

第7章 植民地社会――多様性と支配

第8章 三層社会と植民地主義――インドの場合

第9章 三層社会と植民地主義――ユーラシアの道筋

 

第III部 20世紀の大転換

第10章 所有権社会の危機

第11章 社会民主主義社会――不完全な平等

第12章 共産主義社会とポスト共産主義社会

第13章 ハイパー資本主義――現代性と懐古主義のはざまで

 

第IV部 政治対立の次元再考

第14章 境界と財産――平等性の構築

第15章 バラモン左翼――欧米での新たな亀裂

第16章 社会自国主義――ポスト植民地的アイデンティティの罠

第17章 21世紀の参加型社会主義の要素

 

結論

訳者の一人である山形浩生氏がちょっと前に読書ガイドを上げていた。

ピケティ『資本とイデオロギー』読書ガイド - 山形浩生の「経済のトリセツ」

正直に言うと、内容の大枠はここにある通りである。『21世紀の資本』で取り上げた膨大な財務データによる格差の原理を「イデオロギー」を基にもう一度解きほぐすという内容だ。格差が生まれる原理はわかった、ではそれを成り立たせた歴史的な要因とは何か?に答えていく。

そして、ピケティは歴史的に「格差レジーム」は経路依存的にある共通の形態へ変化してきたと主張する。前近代社会→社会民主主義新自由主義に進むにつれ、三層社会や奴隷社会→所有権社会→社会民主主義社会→ハイパー資本主義社会へと姿を変えていったというわけだ(植民地社会や共産主義社会などもある)。

山形氏がいうように、ピケティは通読を勧めているが、あまりにも膨大な知識量に読者は尻込みしてしまうだろう。大枠の流れは山形氏のまとめのとおりであり、歴史好きならちょっとずつ中身をかいつまんで楽しむのが一番かもしれない。

 

ということで、「はじめに」から整理する。

はじめに

「はじめに」は上で挙げた流れと問題意識を記述している。重複するので、ここでは重要な概念についてメモしておこう。

まずは「イデオロギー」である。

ここでの「イデオロギー」は、肯定的で建設的な意味であり、社会をどのように構造化すべきかを表現する、もっともらしい先験的な思想や言説の集合を指す。(p.4)

「肯定的」という言葉からもわかる通り、左派的(マルクス主義的?)な意味での語法ではなく、一般的な意味での「ものの考え方」くらいでいいのだろう。

続いて「レジーム」という言葉も多用されるが、これは「ルール」くらいで考えていいだろう。「政治レジーム」「所有権レジーム」「教育レジーム」「税制レジーム」…など様々なレジームが出てくるが、中でも重要で他を内包するのが「格差レジーム」だ。

格差は経済的なものでもなければ技術的なものでもない。イデオロギー的で政治的なものだ。…言い換えると、市場と競争、利潤と賃金、資本と負債、熟練労働者、自国民と外国人、タックスヘイブンと競争力…これらは全て、社会的、歴史的な構築物であり、人々が採用することを選んだ法的、税制的、教育的、政治的な仕組みと、彼らが使用を選んだ概念的な定義に完全に依存しているのだ。(p.7-8)

マルクスが言ったように経済的な力と生産関係が「上部構造」(=イデオロギー)を決定するわけではなく、イデオロギーは自律的に動き、その時々の歴史に依存する。だからこれから長い歴史を紐解いていかなければならないという。

 

前近代社会での格差レジームを特徴づけるのが「三層社会」あるいは「三機能社会」と呼ばれるものだ。以下の三つの階級に分かれている社会を指す。

・聖職宗教階級

・貴族戦士階級

・平民労働階級

上位二つは安全保障と司法という領主権を行使するという意味で支配階級、財産所有階級でもあった。

だが、フランス革命が決定打となり、「所有権社会」に移行する。同社会では三層社会では不可分であった財産権と領主権を明確に分離した(実際には簡単に分離できなかったことは第3章で詳述)。

さらに、所有権社会への移行も地域によって様々で、イギリスやスウェーデンの例を見るまでが第1部の内容になる。

第2部は三層ぶりがより苛烈であった奴隷社会、植民地社会を見る。

第3部は20世紀に入り、大衆とイデオロギーが動員されるなかで所有権社会がいかに崩壊したかを、そして足元での格差の再拡大期「グローバルハイパー資本主義格差レジーム」を検討する。

第4部は1~3部を踏まえた分析と対策を提示する。ここで「バラモン左翼」などの分類が出てくる。そして『21世紀の資本』でも挙げられた新たなグローバル税制が再提示される。