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橋爪大三郎「知識社会学と言説分析」

 今回は、知識社会学と言説分析の関係性についてメモしておきたい。

 参照する文献は以下のもの。なかなか凝りに凝ったレトリックまみれの難渋する論稿ばかりだが(フランス現代思想を迂回した研究者にありがちである)、その中でも比較的わかりやすく、きれいにまとまった論稿として、橋爪大三郎知識社会学と言説分析」を取り上げる。

 

言説分析の可能性―社会学的方法の迷宮から (シリーズ 社会学のアクチュアリティ:批判と創造)
 

  

 この論稿は、カール・マンハイムを創始とする知識社会学ミシェル・フーコーを創始とする言説分析の共通点と相違点、そして両者が陥っている問題点を明らかにする。私自身、この二つの研究アプローチの違いがよくわからなかったし、学部の卒業論文では「言説」という言葉を何の気なしに、単なる「ある人によって語られた言葉の集積」ぐらいのニュアンスでしか捉えていなかったが、この論稿を読んでなんとなくだがその差異を認識することができた。

 マルクス主義の影響下で誕生した知識社会学のキーワードは「イデオロギー」である。イデオロギーは人それぞれで異なるが、マルクス主義においては唯一「真理」とされるイデオロギーは労働者階級のそれである。そして特に虚偽のイデオロギーとしてやり玉に挙げられるのは、労働者階級を搾取するブルジョア階級のイデオロギーである。

 また、マルクス主義においては人々のイデオロギー、および知識の体系を規定するのはその人が置かれている社会的な環境(階級や身分など)である。しかし、ブルジョア階級が優位にある社会では、そのイデオロギーが支配的であるため労働者はそれが虚偽であることを自覚できずにいる。そのため、労働者階級を「正しい」イデオロギーへと誘導するために労働者階級のリーダーによって結成される共産党の指導が不可欠なのである。

 イデオロギーには三つの特徴がある。一つ目は、それが包括的な知識、つまり知識の体系である点イデオロギーは自然科学、人文社会科学のすべてを貫く包括的な知のシステムである。二つ目は、イデオロギーは観念の在り方であって、言語そのものではない点。イデオロギーは言語を媒介とせざるを得ないが、その本質は観念そのものなのである。三つ目は、イデオロギーは他のイデオロギーと対立し、自分の方が優位であることを競う点。

 イデオロギーは、社会活動の全体を覆いつくし、人びとの認識を支配し、社会を現状のままに機能させる。どんなイデオロギーも、みずからを真理であると考える。それが虚偽だと批判されるのは、異なるイデオロギーとのイデオロギー闘争が生じた場合である。(p.188)

  

 以上がイデオロギーの性質だが、ではそんなイデオロギーを研究する知識社会学とはどんなものなのだろうか。その進むべき可能性としては以下の二つが考えられる。

 まず第一に、大前提として知識社会学マルクス主義の主張を全面的に承認すること。より厳密に言えば、マルクス主義が主張するブルジョアイデオロギーは虚偽であり、マルクス主義が唯一「真理」であるという主張を受け入れるということである。

 第二に、科学としての「社会学」の自律性を担保し、親であるマルクス主義もまたそのほかのイデオロギーと同様に批判の対象にする可能性である。厳密にこの道を区分すると、そこにはさらに三つの立場が存在する。

 一つ目は、知識社会学それ自体も他の知識同様に、単なる知識に過ぎない(つまりメタ知識でない)と認めること。そうすると知識社会学によって導き出されるテーゼも単なる非特権的なイデオロギーの一つに過ぎないことになってしまうため、完全なる相対主義に陥ってしまう。二つ目は、知識社会学がメタ知識であることに固執し、マルクス主義の優位を否認すること。そうすると知識社会学の優位は担保できるが、それが本当に知識(イデオロギー)を正しく認識できているのかが分からなくなる。三つ目は、「真理」の枠組みを放棄し、現実が意識を規定するというイデオロギーの基本テーゼすらも放棄すること。そうすると、知識は現実世界との対応を失って、どうとでも解釈されうる胡散臭いものになってしまう。

 以上のように、知識社会学はどの方向に進んでも深刻なアポリアに直面するという、いわばじり貧状態である。

知識社会学それ自身も、知識である。知識社会学が、知識を分析・研究する一般的な方法であると自己主張しようとすると、それは、知識が知識を正当化しようとする、自己言及のかたちになる。これは、解けない課題であり、正当化しがたい。(p.190) 

  マルクス主義から誕生した知識社会学は、またマルクス主義によって殺されたといっても過言ではないだろう。

 

 では、反対に言説分析はどうだろうか。

 知識社会学のキーワードが「イデオロギー」だとすれば、言説分析におけるキーワードはいわずもがな「言説」である。「言説」(discourse)は「言語の形態の一種であり、中間的なまとまりをもった秩序である」(p.191)。言語の最も小さな単位を「言表」(エノンセ)と言い(これは社会学での最小単位である「行為」に相当する)、それらの言表が集まってできた集合体、ある時代・ある場所(社会)を満たしている言語的な活動の全体を「集蔵庫」(アーカイブ)と言う。つまり、言説はこの言表と集蔵庫の間に位置する何らかの秩序を持った言表の集合なのである。

 では、言説分析の研究アプローチの特徴はいかなるものだろうか。

 第一に、言説分析は知識社会学のように「真理」の対応説を取らない。すなわち、言語と現実世界との二元論を拒否し、むしろ現実世界の観念もまた言説によって構成されると考えるため、「真理」それ自体も言説のシステム内で構成されると考えるのである。第二に、主/客図式を取らない。言説は多数の人々によって構成される間主観的なものであり、言説の外側にそれが対応する現実世界(客観)が存在するとは考えないため、言説分析は言説の一次元的な空間の中で、言語によって言説を再編成する作業なのである。第三に、言説分析は言語でないものの作用を実証する方法論である。フーコーはこの作用のことを「権力」とあらわしたが、いわば言説分析は言説だけを扱いながら、その背後に様々な権力の効果を見出していく。そしてそこからある場所・ある地点に特有な権力の作用を具体的に実証していくのである。よって、言説分析では「主体」や「真理」すらも言説の結果として生じたものであると考える。つまり、権力が言説を編成し、その結果として主体や真理が生み出されるのである(詳しくはフーコーの一連の研究を参照)。

 

 以上が言説分析の基本的なスタンスであるが、では言説分析の問題点はどこにあるのだろうか。

 第一に、言説分析それ自体も「言説」の形で語られること。つまり、言説分析それ自体も再び言説分析の対象になりえるのである。そのため、言説分析はあらゆる言説の背後に権力が働いていると想定するが、そうすると言説分析それ自体の背後にも権力の存在を認めることになる。しかし、現に働いている権力を、言説分析は解明することはできない。これが言説分析の第一の限界である。

 第二に、言説分析は「理論」を持つことができない。つまり、どのような言説の配置・偏りが見つかり、そこからどのような作用が検出されるかは研究を進めてみるまでは分からない。また、ある言説分析がある結果を導いたとしてそれが他の言説分析に適用できるかは分からない。あくまでも言説分析は「方法」であって、(演繹的に仮説を導く)「理論」にはなりえないのである。

 第三に、言説分析は言説が「どのように」、また「なぜ」変化していくのかを規定できない。言説分析は、権力の作用によって言説の偏りが生じたことを証明できても、なぜ/どのようにして権力がそのように作用するのかを述べたり、予測することはできないのである。

 最後に、以上の点とも関連しているが、言説分析は容易に通俗化する。明確な理論を持たないということは、無制限に考察の対象が広がることを意味する。つまり、そこらへんの対象物にまつわる言説をピックアップして分析を行えば(例えば「切手」に関する言説、「紅茶」にまつわる言説などなど)、それは立派な「言説分析」であり、そこに権力の作用を見出せば、検証を終了となるのである。

 

 橋爪によれば、言説分析が1980年代以降に急速に流行したのは、冷戦以降の時宜にかなっていた。それまでの明確な知の基盤が揺らいだ中で、それを無視して研究を進めることができる言説分析が研究者の目に留まったのである。

 そして橋爪は言説分析の研究の重要性を認めつつ、それを克服する新たなパースペクティブとしてウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」を応用することを提唱している。ここでは、これについては詳述しないが、橋爪の問題意識を要約すれば、言説分析の問題点を克服するにはもう一度「言語」と「行為」を媒介する何かを見つける必要があるということだろう。

 言説分析では言説を規定するものをすべて「権力」という言葉で片づけてしまっていたため、権力それ自体がブラックボックス化、ないしは悪魔化してしまう傾向にあった。その代わりに、言説の外側には、人々の「規則」に従った行為(ふるまい)があり、歴史的な偶然・必然によって築かれた「制度」があると考えることで、その内実をも考察の対象にすることができるのである。

 橋爪はウィトゲンシュタインにその可能性を見出したが、個人的には「規則」や「制度」を提供するものであれば、かならずしも「言語」である必要はないのではないかとも思う。人々に行為のルールや資源を与えるのは、言語だけでなく、例えば人為的構築物としての「制度」(法律、慣習、文化などなど)もまた検証の対象になりうるのではないだろうか。

ロジャース・ブルーベイカーの「認知的視座」について

 以前、ブログにちょろっと書いたブルーベイカーの「認知的視座」についてのメモを今回は整理のため、より詳細に書いておきたい。

 前回のブログ(

http://blog.hatena.ne.jp/cnmthelimit/cnmthelimit.hatenablog.com/edit?entry=8599973812299186816)ではナショナリズムエスニシティ・人種研究にかかわる「本質主義vs構築主義」の対立軸を折衷する理論、という文脈で後半に少し紹介する程度だったが、今回はブルーベイカーの最近の翻訳などを読んでみて、さらに思考がクリアになったので忘れないうちにここに記しておく。また、以下はこれまでのブログ記事と重複する部分が多くあるが、あくまでも個人的な思考整理のためなのでご了承ください。

 

 ブルーベイカーの著作は、邦訳のものとしては『フランスとドイツの国籍とネーション』と『グローバル化する世界と「帰属の政治」ーー移民・シティズンシップ・国民国家』の二冊がある。以前ブログに書いた通り、前者の中で取り上げられた「文化イディオム」などのキータームが、後者の方でより精緻化されて体系化されている。

 

 

グローバル化する世界と「帰属の政治」――移民・シティズンシップ・国民国家

グローバル化する世界と「帰属の政治」――移民・シティズンシップ・国民国家

 

 

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

 

 

 だが、『グローバル化~』はブルーベイカーの短い論文を集めた本なので、この本を一冊読んだだけで彼の思考回路を追うのは難しいため、前回同様、ここではブルーベイカーの一連の仕事を丁寧にまとめている佐藤成基の『カテゴリーとしての人種、エスニシティ、ネーションーーロジャース・ブルーベイカーの認知的アプローチについて』という論文をもとに整理していく。(

http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/13318/1/64-1sato.pdf

 

 まず、ブルーベイカーは『フランスとドイツの~』で、シーダ・スコッチポルが用いた「文化イディオム」という概念を援用していたが、それは後年「カテゴリー」という言葉で置き換えられている。これは特定のネーション(ここでは議論をネーションだけに絞る)を語る際の「型」のようなものだと理解してもらえればいいと思う。つまり、ネーションなどの集団が実際に存在しているわけではなく、ただ単にそれらの名を冠して(つまり、これらのカテゴリーを用いて)行われる社会的・政治的な実践が存在するだけだというわけである。

 ブルーベイカーは以上の定義を大前提に、研究の対象を設定している。すなわち、このようなカテゴリーが用いられる実践の場(そのカテゴリーがどのようにして用いられ、人々に受け入れられ、または拒絶されるのか)が、主としてブルーベイカーの研究対象・フィールドになる。

 だが、ここで一つ疑問が生じる。この「集団なきネーション」という考え方は、いわゆる「構築主義的アプローチ」の考え方の焼き直しにすぎないのではないか、という点である。だが、ブルーベイカーはこの反論にこう返す。80年代以降に大量に生産されたナショナリズムの古典、とりわけ画期的著作B・アンダーソンの『想像の共同体』などを起源に流行した「構築主義」的な考え方は、あまりに「正しすぎて」次なる議論に発展する余地をすっかり削いでしまった、と。つまり、「ネーションは構築されたものである」という結論を出すことに力を注いでしまい、「なぜ、あるいはどのようにネーションは構築されるのか」、「構築されたものにすぎないネーションがなぜ人々をこれほど狂信的なまでに動員するのか」といった疑問への回答の試みがいまだになされていないである。

 要は、「構築主義」的アプローチは「エリート的バイアス」でネーションを捉えてしまっており、確かに「分析者の本質主義」は乗り越えたかもしれないが、当事者の「本質主義」、「集団主義」(groupism)をすっかり無視してしまっているのである。また、「ネーションは構築されたものである」という結論を出してしまっている時点で、構築主義もネーションという集団を実体的なものとする「集団主義」に陥ってしまっていることも否めない。いわば、ブルーベイカーの問題関心は、従来のナショナリズム研究における「構築主義の氾濫」と「本質主義への軽視」という二つの問題をいかに克服し、両者を架橋するか、という点にあるといえる。

 

 では、以上の認知的視座の具体的な研究のアプローチはどういったものなのだろうか。ブルーベイカーは自らのアプローチを「上からのアプローチ」と「下からのアプローチ」の二つに整理している。

 「上からのアプローチ」は、公式のカテゴリー化(主に国家によって特定のカテゴリーがどのように喧伝され、固定化されていったのか)の過程を解明する。ブルデューは、国家ないし大規模な制度・組織が「象徴権力」(人々に世界の「視界と区分 vision and  division」を強いる権力)を用いて集団を創出すると述べたが、それをここでは援用し、制度や組織の決め事がいかに一般の人々の自己理解に影響を与えるかを解明するアプローチである。

 「下からのアプローチ」は、インフォーマルな日常生活の中での実践に着目する。その中で人々が他者との相互行為をするため、自他の行動や存在の意味を提供し、感情的連帯・価値判断の根拠としてネーションのカテゴリーがいかに用いられるのか、を解明する。エスノメソドロジーが明らかにするように、それらのカテゴリーは日々の実践の中で成し遂げられていくもので、ある場所、ある時、生活を構成する相互行為の営みとして言明/拒否、提示/無視されるものなのである。

 

 以上で挙げたのは「カテゴリー化」を研究するアプローチだが、ここまでは社会学の研究の蓄積の中で取り扱ってきたテーマとも関係するものである。だが、ブルーベイカーはその議論をさらに一歩進める。いわく、人間はカテゴリーだけで世界を認識しているわけではない(それだけでは世界は無味乾燥でつまらないものになってしまう)。すなわち、カテゴリー化にくわえ、人は「図式」(schema)という認識の道具を用いる。カテゴリーが経験や出来事を「分類」するだけのものにすぎないのに対し、図式はそれらの経験や出来事を関連づけ、世界を「筋書き」、すなわちストーリーに沿って(つまり無数の出来事を因果的に結び付けることで)解釈することを可能にするものである。

 そしてブルーベイカーはこの図式化の例として以下の二つを挙げている。一つは「人種プロファイリング」である。例えば、「黒人は黒人であるという人種的理由だけで、白人警官から尋問されるものである」という「筋書き」が存在する国で、実際は人種にかかわる理由ではなく、単純に犯罪的行為が理由であったにもかかわらず、その筋書きにしたがって黒人は嫌悪感を抱いたり、反発を起こしたりすることがある。これは、つまり経験や出来事が「人種化」されるということである。

 もう一つは、「エスニック競合の図式」である。例えば、「同一の労働市場においては人種集団、あるいはエスニック集団は互いに職を奪い合うものである」という筋書きにもとづいて、実際の失業の原因はマクロな経済状況の悪化や会社経営の問題など様々あるにもかかわらず、「奴らに職を奪われた」と理解される場面は多々存在するだろう(昨今の先進諸国における排外主義の台頭など)。

 いずれの事例も事実誤認の場合が多いが、人々はそのような理解の仕方によって(カテゴリー化→図式化)、最小の労力で最大限の情報を得ることができるのである。

 

 また、これらのカテゴリー化や図式化は意図的・道具主義的に用いられる場合もあるが、必ずしもすべてがそうであるとは限らない。むしろ、何らかの状況依存的な「暗示 cue」(例えば、テロなどの事件)によって、無意識的に作動することのほうが多い。

 さらに、ブルーベイカーの以上の議論に対して、個人主義的・心理主義還元論に陥ってしまっているのではないか(そうなると個人の「心」までは科学的に証明できないため検証のしようがない)という批判もあるが、彼はこういったネーション(およびエスニシティ・人種)のカテゴリーはある程度「社会的に共有された知識」であるため、それが使われるのも個人においてだけでなく、社会的関係の中においてであると反論している。つまり、社会的にそれらのカテゴリー・図式の筋書き(「認知のテンプレート」)がどれだけ波及・分散しているかによって、何らかの暗示が生じた時に作動する可能性が高いかどうかも変わってくるのである。要は、以上の議論は個人の問題というよりも非常に「社会的」な問題だというのである。

 

 以上の議論を踏まえると、従来、ネーション・エスニシティ研究において等閑視されてきた「原初主義」的アプローチの見直しが図られるべきであることが分かる。「原初主義」、特にギアツの議論はネーション・エスニシティの「原初的愛着」を重視するあまり客観的な研究のアプローチとはみなされず、パラダイムの外に追いやられていたが、ギアツ自身は「当事者の原初主義」を重視していただけで、これはつまりブルーベイカーの議論とも親和性が高いのである。

 また、当事者によって語られる「集団」(人種・エスニシティ・ネーション)は定数ではなく、変数として考えたほうが良いとブルーベイカーは述べる。つまり、それらの「集団性」(groupness)はルーティン的・事務的に用いられる「平凡な」状態から、「自己犠牲の愛」などの強度な連帯感を抱かせる「熱い」状態までかなりの開きがあるのだ。ゆえに、集団性をほとんど意識しない日常時と集団性が極端に高くなる内戦・戦争時とを区別しなければならない。内戦・戦争時の暴力の応酬が「民族」のカテゴリーでとらえられ、「民族」の観点から解釈されることで集団性を一時的に高めることもありうるからである(コソボにおけるアルバニア人セルビア人との内紛など)。だが、集団性の変化に関しては、体系的に理論化することはできないため、個別の事例を見ていくほうが現実的である。したがって、ひとまずは「集団性は変数であり、そこには大きな幅がある」と念頭に置くだけでも十分である。

 

  以上がブルーベイカーの「認知的視座」の概要だが、最後にこのアプローチの問題点も何点が挙げておきたい。

 まずは、分析装置がいまだ不十分な点である。以上のカテゴリー化の議論まではまだ社会学的概念装置で補えそうな雰囲気だが、図式化の議論はブルーベイカーが重視する認知人類学認知心理学の知見を応用しているため、一貫した概念ツールはいまだ乏しい。例えば、以上で挙げた「上からのアプローチ」をより発展させる方法としては、ブルデューの国家論(象徴権力)の読解、および社会学的新制度主義の見直しなどがあるだろう。また、反対に「下からのアプローチ」ではエスノメソドロジーや理解社会学の知見などを取り込むことで発展させることもできるかもしれない。いずれにしろ、少し多分野の方面に移行しつつあるブルーベイカーの議論を、どうにか社会学に軌道修正する研究が必要であると思われる(もちろんこれは社会学以外のディシプリンを軽視しているわけではない)。

 また、ブルーベイカーの議論は個人主義的・心理主義還元論に陥っているという批判はいまだに生きていると思う。ブルーベイカーの反論は上述の通りだが、かといってそれはいまだ十分ではなく、もう一度議論を「社会」に振り戻すことが必要であると考える。さらに、「上から」と「下から」のアプローチを媒介する何らかの手立ても必要である。これはそのまま社会学における「マクロ」と「ミクロ」の統合(例えばギデンズの構造化理論がそのプロジェクトを引き受けたように)という問題にもかかってくるが、両者のアプローチが統合されないと議論は平行線のままである。例えば、国籍法の議論などのマクロ視点がインフォーマルな日常生活などのミクロ視点の分析においてどう応用できるか(例えば国籍法にもとづいて移民が日常生活においてどのような支障をきたしたり、そのカテゴリーを用いるか、労働法の規定によって国境をまたいだ労働者がいかに実践においてそれらの影響を受けるか、など)を具体的に考えていく必要があるだろう。

佐藤成基「国家の檻」

 これまた佐藤成基先生の論文だが、今回は「国家の檻ーーマイケル・マンの国家論に関する若干の考察」という論文を取り上げる。以下にPDFを貼っておく。http://www.t.hosei.ac.jp/~ssbasis/53-2sato.pdf

 マイケル・マンは正直日本ではあまり知られていないが、アメリカではかなりの著名な歴史社会学者らしい。私もまだマンの邦訳すら読んだことないので、ここではそのための予備的な整理をしておきたい。

 

 マンはウェーバーやギデンズの国家論を下敷きに独自の国家論を構築し、「社会的力social power」という概念をもとに近代以前から国家の発展史を描き出している(邦訳はいまだに半分しか出ていないらしい。2,3年前にやっと最後のパート3,4が原著で出ている)。

 本論稿では、まず整理のために、ウェーバーとギデンズの国家論が述べられている。ウェーバー社会学的な立場から初めて「国家」を研究の俎上に載せた人だが、彼が考えていたのは、官僚制によって支えられた上意下達式の「命令」にもとづいて統治された組織としての国家であった。「鉄の檻」という比喩からも分かるように、それは上から下へ、そして合理的・合法的な、没人格的で強固な統治体系であった。

 一方、ギデンズは『国民国家と暴力』の中で、ウェーバーの「国家は唯一合法的な暴力を独占する組織である」というテーゼを下敷きにしつつ、新たにフーコーが『監獄の誕生』の中で表した「監視」の概念を国家に応用して独自の国家論を構築している。近代的な国家は常に上から下への命令に基づいて運営されるだけではやっていけない。むしろ、組織の成員が自己規律的に行動してくれたほうがよい。そこで、国家は「命令」ではなく、「監視」(この場合の「監視」は言わずもがなフーコーの「パノプティコン」的な監視を指す)をもとに人々の行動をルーティン的に規律化する統治体系を築いていったのである。

 (余談だが、ギデンズのフーコー理解は正しいとは言えない。フーコーは「権力」の作用は上から下へと伝わっていくものではなく、個人間で網の目のように張り巡らされ、誰が支配者で、誰が服従者なのかもはや分からないようなより複雑なものだと捉えているからである。)

 いずれの国家論も、①国家の権力の一方向性、②国家の一体性、③国家の完結性という点では一致しているが、マンの国家観は全く異なる。以下、詳しく見ていこう。

 上の二人の国家論を仮に「専制的国家論」と名付けるのならば、マンの考える国家は「多形性的polymorphous国家」である。マンは、「社会的力」を「経済的力」、「イデオロギー的力」、「軍事的力」、「政治的力」の四つの力が絡み合うことによって発揮されると捉える。この中で国家は「政治的力」(権力)に対応する領域である。

 多形性という表現からも分かるように、マンは国家をウェーバーやギデンズのように一方向的な権力(支配)の押し付けによって成り立っているとは考えない。むしろ、国家は社会の諸アクターとの相互連関によって作動するものなのである。その点で、国家は暴力や脅しのような「むき出し」の権力ではなく、マンが言う「インフラストラクチャー的権力」を駆使することで社会に存在感を示している。この「インフラストラクチャー的権力」とは、国家の諸機能を担うエリート層と社会の諸アクターとの間の関係を調整する権力のことを指す。この権力が作用する場面としては、例えば、議会、裁判所、学校、保健所、、、などの政治家や市民、または市民の代表団体が一堂に会するような場が思い浮かばれるだろう。

 そのため、「インフラストラクチャー的権力」は、ウェーバーがいう権力とは違ってしばしば諸アクターからカウンター、反発をくらうこともある。しかし、その反発も含めて、国家と市民社会が相互に浸透し合うことで、国家は市民社会を組織化(国家帰属化=自然化naturalize)するのである。

 同時に、国家の社会的な機能の増大(「民政管掌範囲」の拡大)によって、「誰がその権力を統御するのか」という権力配分をめぐる闘争も政治家間だけでなく、市民社会(この中にはNPOや企業、労働組合などが含まれる)も巻き込んで激化していく。これによってシティズンシップの議論も拡大していく(民族に限らず、労働者、性的マイノリティなども)。しかし、これらの激化する社会紛争もまた、国家の「形」を変える要因にもなる。これが「多形性的国家」たる所以である。

 

 以上が本稿の中で取り上げられていたマンの国家論であるが、ウェーバーやギデンズのそれと比べてはるかに国家の変化を規定する要因が増えていることが分かる。この中で議論されていることは正直「確かに」と首肯せざる得ないものだと思うが、国家の規定要因が増えていき、「これら全部が国家の変化に影響を与えているんだよ」と言ってしまえば、かえってその正否を検証できないというデメリットも生じるはず。マンの議論をいかに経験的検証の中に落とし込むかが課題だろう。

 また、「多形性的な国家は、その内部に紛争を内包した権力闘争・利害闘争の場」であるという記述があったが、この「場」という言葉からは、ブルデューのそれを思い出した。もしかしたらブルデューの国家論とも接続可能なのではないだろうか(最近ブルデューの晩年の国家論が英訳で出たらしい)。ここらへんは要確認である。

佐藤成基「ナショナリズムの理論史」

 今回もナショナリズム論の整理のために記しておきたい。

 今回は佐藤成基著「ナショナリズムの理論史」という論文についてまとめる。これは大澤真幸氏が編集した有斐閣から出ている『ナショナリズム論・入門』という本に挿入されている短い論文である。

 

ナショナリズム論・入門 (有斐閣アルマ)

ナショナリズム論・入門 (有斐閣アルマ)

 

  ウェブサイトでも入手可能。以下、PDF。

(www.t.hosei.ac.jp/~ssbasis/nationalism_theories.pdf)

 

 冒頭は、いわゆるナショナリズムの古典(アンダーソンやゲルナー、スミスといった80年代以降に出版されるナショナリズム理論)を境にして、ナショナリズム理論がどういうふうに発展を遂げていったのかを記述している。これは前回のブログにも書いたので、ここでは省略。

 注目すべきは、終盤の理論の整理、とりわけ、いわゆる「近代主義」と「反近代主義(歴史主義)」以降のナショナリズム理論の動向である。この本自体は2009年に出版された本なので、最新の知見であるとは言えないかもしれないが、議論の足取りをつかむためには十分有効な整理だと思う。

 

 佐藤の整理によると、古典以降のナショナリズム研究には大きく分けて、「文化論的アプローチ」と「国家論的アプローチ」の二つがあるという。

 前者の「文化論的アプローチ」は、アンダーソンが提示した「想像の共同体」が具体的に当事者たちの中で「どのように想像されているのか」を解明しようとするもので、主に意味形成・意味解釈の過程を分析するものである。その点では明確に「構築主義」の立場を堅持し、ポスト構造主義の見地を取り入れ、当事者(ナショナリズムを掲げる人々)の「言説」(フーコーデリダ)やまた、理解社会学ウェーバー)などの業績を駆使して分析を行っている。

 つまり彼らは「ネーション」の意味を「語り」の産物ととらえ、それは当事者による様々な相互作用を通じてそのつど構築・再構築・再解釈されていくものだとしている。要は、分析するべきはその「解釈」の過程なのだ、ということである。

 また、言説には「生産」する側と「消費」する側が存在することを忘れてはならない。生産する側は、例えば政治家、作家、マスコミ、知識人などのナショナリズム的言説をメディアに乗せて広く市民に伝えることができる側である。その際、注目すべきは、文学的テキストや歴史書、議会における言論などである(例えば小熊英二による一連の研究を思い浮かべてもらえるとわかりやすいだろう)。反対に、消費する側は市井の一般市民などの、生産者が作り出したナショナリズム的言説を享受する側である。具体例としては、吉野耕作の『文化ナショナリズム社会学』で行われていた「日本人論」を享受するサラリーマンなどが想定できる。

 次に、「国家論的アプローチ」は、「想像の共同体」が「どのように動員されるのか」を、国家権力をめぐる政治闘争の中で分析しようとするものである。したがって、分析の視点は、より国家などの政治領域に寄ることになる。

 このアプローチでは、ネーションの概念やシンボルは、政治闘争の中で世論や住民の支持を糾合し、国家に対する要求や主張を正当化するための公共の理念として利用される。つまり、政治領域の議論の中で、世論や住民は「ネーション」の理念のもとに動員されていくことになる。

 例えば、「公共財」の配分をめぐる住民同士、または住民と国家、地方自治体などの政治的闘争などの分析を通してナショナリズムや民族的な対立などが激化したり、民主化期のポスト植民地国家においてポピュリスティックな政治家による呼びかけで人民が動員され、ナショナリズム感情が勃発したりする過程からその地域の「ネーション」概念を分析する研究などがある。

 ほかにも、以前のブログで挙げたブルーベイカーの研究のように、国籍法の制定・改正の際に議会内外で政治的論争が勃発し、「ネーションの自己理解」がどのように政治家や党派の中に用いられたかを検討する研究もある。

 「国家論的アプローチ」は、ネーション概念の内在的な意味や日常生活の中の人々のネーション理解を把握しきれないという欠点はあるものの、何らかの事件eventが起こったときに噴出する「ネーションの自己理解」を分析する際には参照されるべき研究である。

 

 佐藤も述べているように、上述の二つのアプローチは決して対立してるわけではないが、見事に分析の視点が異なっている(それはそのままミクロ-マクロ社会学の対立に対応しているようでもある)。そのため、両アプローチを折衷する理論的視座が必要になるのだが、佐藤はその手立てとして、ブルーベイカーとアンドレアス・ウィマーの二人を挙げている。ブルーベイカーは以前書いた通り、「文化論的アプローチ」を「下からのアプローチ」、「国家論的アプローチ」を「上からのアプローチ」として整理して両者を折衷しようと試みている。ウィマーに関しては、邦訳はなくこれから文献をあさらなければならないが、「文化の語用論」という概念を用いてイラクのクルド・ナショナリズムを研究したりしているそうだ(読まねば)。

 ブルーベイカーも「下からのアプローチ」をもとに研究を試みた著作の邦訳はなく、まだ確認できていないが、「認知的カテゴリー」という概念を用いてルーマニアハンガリーで実際に現地調査を行い、現地住民が実際に「民族」のカテゴリーをいかに理解し、用いているのかを検証している(これまた読まねば)。ブルーベイカーはもともとウェーバー研究で業績をスタートさせた研究者なので、こういった「理解」を分析する枠組みも持ち合わせているのだろう。

 この論文を読んで、今自分が何をすべきが少しはクリアになったと思う。①まずは、「国家論的アプローチ」、とくにブルーベイカーの視座を詰めていかなければならないだろう。で、個人的には「上からのアプローチ」による分析が必要だし、今の自分にはそれをやるので精いっぱいだとは思うが、②ブルーベイカーの「下からのアプローチ」、または手つかずであったウィマーの研究を参照するのがとりあえずのところ第二の課題だろうか。

 以上、思考の整理のために。

ロジャース・ブルーベイカー『フランスとドイツの国籍とネーション』

 もう一冊、ブルーベイカーの『フランスとドイツの国籍とネーションーー国籍形成の比較歴史社会学』について雑感をまとめる。

 

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

 

  本書は、アメリカの社会学者ロジャース・ブルーベイカーが初期の論文として発表したもので、ナショナリズム、シティズンシップ研究の中でもかなり有名な本ではあるが、日本では(B・アンダーソンやE・ゲルナーなんかと比べると)あまり注目されていない。しかし、個人的に、彼が独自の路線で構築しているナショナリズム理論はこれまでのナショナリズム研究に一石を投じる(硬直した議論枠組みを破る)ものであると思うので、今回一読してみた。詳しくは以前書いたブログのエントリの後半部分を参照(http://cnmthelimit.hatenablog.com/entry/2017/09/18/183245

 

 本書の問題意識ははっきりしている。すなわち、フランスとドイツという隣接する国家間で全く異なる国籍法が形成されているのはなぜなのか、その形成過程を両国を比較しながら解明しよう、というものである。

 しばしばいわれるように、フランスは「出生地主義」を、ドイツは「血統主義」をそれぞれ国籍法の特徴としているが、ブルーベイカーは、こうした国家間で全く異なる国籍法が採用される背景には、それぞれの国家の「ネーションの自己理解」が深く関係していると捉える。つまり、国籍は政治家などのアクターを通して国民のネーションの自己理解に規定されるため、翻って言えば、国籍の形成過程を見ることでその国家のネーション観を解明することができるというわけである。

 これはネーション、ナショナリズム研究において、それまで一貫した分析方法が定まっていなかった時期に、一つの明確な分析枠組みを提供したという意味で非常に有益な功績である(個人的には、ブルーベイカーはこのように独自の新説を作るというよりも、それまでの議論の交通整理をするのが非常にうまいと思う。いわば、理論のサポーター役である。そのため理論としては退屈なところもあるのだが、理論研究にとっては重宝される存在だと思う)。

 内容自体はさほど難しくなく、上述のように議論は一貫している。フランスにおいては出生地主義が国籍法において採用された背景と、ドイツのそれとを交互に通時的に記述していく、というオーソドックスな歴史社会学的分析である。

 個人的に興味深かったのは、フランスで出生地主義が採用された背景には、世界市民的な崇高なイデオロギーがあったからというよりも、国民皆兵の必要とフランス市民による移民二、三世に対するルサンチマンにもとづいていたという指摘。つまり、移民の子供たちが、国籍として「フランス人」から除外されることで、フランス国民がみな負わなければならない皆兵義務から免除されていることに対する不満から出生地主義が採用されたというわけである。これは世界市民的なイデオロギーというよりも、全く反対にナショナリスティックなイデオロギーにもとづいている。

 このように、またブルーベイカーが指摘するように、フランスがドイツと比べて崇高な理念を掲げていたというわけではない。むしろ、フランスの中にもルペンの国民戦線を代表とするような極右勢力は一貫して存在感を放っており、彼らのナショナリスティックな言説はずっと根底に存在していた。だが、フランスの場合は、自由、平等、友愛というスローガンが深く根付いており、それが国籍法の議論においても強く影響していたのである。

 

 議論の内容に関しては、それほど異論はない(監訳者解説にあるように、またこの本の後の世界に生きている我々にとっては、このようなフランスとドイツの単純な図式化はできないことは分かってはいるが)。

 むしろ、個人的に興味をそそられたのが、「文化イディオム」という概念である。これはアメリカの歴史社会学シーダ・スコッチポルが用いた概念でブルーベイカーが援用したものだが、いまいち本書の中だけの説明では把握できなかった。というのも、本書の中では、「文化イディオム」とは、「イデオロギー」と比べてより長期的で、より匿名性が高く、より党派的でない言説であると述べられているが、果たしてそれがイデオロギーとどういった点で具体的に違うのか、はっきりとは分からない。

 また、ここで言われている「言説」とは、フーコーのいうような「言説 discourse」とは異なるものなのだろうか、もし異なるとすればどういった点で異なるのか、が個人的には引っかかる。

 さらに、本文ではこの「文化イディオム」が「イデオロギー」とは異なると述べられているが、この「イデオロギー」とはマンハイムが言うところのそれなのか、もし違うのであれば、「文化イディオム」はマンハイムが言うところの知識社会学の要領で分析することは可能なのだろうか。

 個人的には、この「文化イディオム」という概念を用いて行われている本書の分析は、一般的に行われている知識社会学の分析手法と何ら変わらない気がするので、あえて両者を区別して用いる理由はどこにあるのだろうかと疑問である。

マックス・ウェーバー『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』

 久しぶりの投稿、血沸き肉躍る。

 今回はマックス・ウェーバーの有名な論文『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』(いわゆる「客観性」論文)について。

 

社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」 (岩波文庫)

社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」 (岩波文庫)

 

 言わずと知れた名著ではあるが、実は読んだことがなかった。。。

 今回、意を決して(さすがに読まんといかんだろうという焦りもありつつ)読んでみたわけだが、どうしたことかこれがなかなか面白い。ウェーバーは『プロ倫』なんかを大学2年生の時に読んで勝手に苦手意識を持っていたんだが、いやはや人間ってのは成長するもんだなぁと感慨にふけっている。

 

 さて、この「客観性」論文だが、有名な「理念型」や「価値自由」といった概念がどのように分析の中で使われるのか、ウェーバー流「文化科学」(ウェーバーが言うところの「理解社会学」)の説明とともに論じられている。また、後半にはウェーバー研究で名高い折原浩先生による丁寧な解説がついており、一冊でほとんどウェーバーの思考体系を概観することができる、実はかなりありがたい本なのである。

 今回は個人的に読んでいて重要だと思った個所を簡単に取り上げて整理しておきたい。

 

 まず、ウェーバーがこの本を『アルヒーフ』という雑誌に寄稿しようとした背景には、当時の社会科学全般が陥っていた方法論的限界が存在する。一例として本書の中で頻繁にとりあげられている「歴史学派」が挙げられるだろう。私は詳しい学説史的経緯をあまり把握できていないが、歴史学派は現実の世界にあまた存在する歴史的な事象を個別的に検証、解明していくというフェーズから抜け出し、それらの個別的検証をもとに「一般的法則」を構築して、最終的にその法則・理論から演繹的に現実世界の物事を説明する、という壮大な夢を掲げていた。

 だが、ウェーバーはこのような壮大な一般的法則から演繹的に物事を説明するという方法論に真っ向から反対する。なぜなら、現実の事象はそういった一般的な理論ではカバーできないほど多種多様で、無限だからである。それを理論を用いて説明したとしても、それは単なる科学者の欺瞞でしかない。

 さらに言えば、無限の現実群の中から研究者が必要だと思った要素を抽出し、理論を構築するという作業は、抽出する時点で研究者の恣意性が介在してしまうため、それは「客観的に妥当な」理論とは言えないのである。

 

 では、どうすれば社会科学における客観的に妥当な方法を確立することができるだろうか。ウェーバーは、その問いに「理念型」と「価値自由」という概念を用いて説明する。

 ウェーバーは「理念型」とは仮説ではなく、「手段」であると述べる。つまり、分析を行う上での「道具」でしかないのである。これはどういうことか。

 現実の世界には無限に経験的事実が存在していることは上述したが、理念型とはこれらの事象の中から「理想としての要素」、つまり分析を行ううえで重要であると判断される要素を抽出して再構成したものに過ぎない。そのため、理念型は必ずしも現実のすべてを反映したものではなく、理念型の構築をもって研究のゴール(目的)では決してないのである。よって、理念型を構築した後は、研究者は再度現実世界に立ち戻り、その理念型を分析の手段として使用しなければならない。それが、理念型≠一般的法則の所以である。

 その点で、ウェーバーマルクスとは一線を画する社会科学者である。なぜなら、マルクスが目指したのは、「唯物史観」に代表されるように、人間の歴史を物質と生産手段に還元する一般法則の構築だったのであり、それこそまさにウェーバーが戒める社会科学の態度だったからである。

 また、上記のことをもって、ウェーバーはやはり「比較(歴史)社会学」の創始者とされるべき人物である思われる。なぜなら、理念型を使った社会科学の分析方法は、絶えず「モデル」とフィールドの「経験的事実」とを比較することをその中に内在しているからである。ウェーバー社会学にとって「比較」というのは一つの重要なキーワードなのである。

 

 では、具体的に社会科学において「比較」を用いた分析方法とはいかなるものなのだろうか。本著解説を担当した折原の論稿では、まず自然科学における「実験」の方法を足がかりに論じられている。

 自然科学においては、実験室での実験は重要な分析手法の一つである。ある事象Yに一定の変化を与えるものは何なのかを検証するためには、想像されうる条件X₁、X₂、X₃、X₄、、、といくつかの条件を設定し、その中で人為的に制御を加えることでYに影響を及ぼすXを特定する。例えば、YとX₁との関係を調べたいのであれば、それ以外の条件X₂、X₃、X₄、、、以下を制御する、といった具合である。

 また、これは「比較対照実験」と呼ばれる手法でも同様である。比較対照実験では、まず諸個体を同質的な二群(実験群、対照群)に分ける。さらに、その中で実験群のX₁にのみ変化を加え、X₂以下を一定に制御したうえで、そこに生じる変化を観察して対照群と比較するのである。ここでもし、対照群にはない変化Y=1が生じれば、変化X₁=1が原因であるということが分かるのである。

 しかし、社会科学においては自然科学のように実験の対象を自由に制御したりすることはできないことがほとんどである。ここに社会科学の分析上の一種の「限界」が存在する。では、どうすればいいか。ウェーバーはこの限界を『プロ倫』の中で超えようとする。

 

 言わずもがな、『プロ倫』はプロテスタント、とくにカルヴァン派の教義が西洋において近代資本主義の発展に寄与したことを解き明かした論文であるが、この中で、上述の表記に従うならば、Y=近代的営利追求熱が、どんな条件(X)によって醸成されたのかを解き明かしているといえる。そして、ウェーバーはこの条件として、X₁=当事者の所属宗派(カトリックorプロテスタント)の社会的地位(彼らが所属集団の中で少数派か多数派か)、X₂=信仰内容の恒久的特質、をそれぞれ一方を制御し、交互に検証することで、YはX₁よりもX₂の変化に大きく影響を受けることを解明したのである。

 さらに、ウェーバーは『プロ倫』を執筆後、さらに比較対象の範囲を広げ、「西洋文化圏」以外の地域にまで分析の範囲を拡大したが、これは上述の「比較対照実験」の社会科学的応用に他ならない。つまり、実験群を「西洋文化圏」に設定し、西洋文化圏以以外(例えば「儒教文化圏」)を対照群として設定しているのである。ウェーバーの考えではプロテスタントの教義(X₂)が近代資本主義の創出に寄与したので、西洋文化圏以外の地域がX₂以外の条件が一致しているならば(または一致していると仮定して)、比較の対象となりうるのである。

 だが、多くの場合、比較をする上で異なる地域が見事に条件が一致するようなことはほとんどない。そのため、対照群は思考実験をもとに創出されることもある。そのさい、ウェーバー歴史学者エドゥアルト・マイヤーの概念を引きつつ(詳しくは『歴史は科学か』通称「マイヤー論文」を参照)、①史実的知識(史料に基づく特定の事実に関する知識)、②法則的知識(人々に流布した特定の経験則についての知識「人間はAという状況下においては通例Bという反応をするものである」)の二つを用いて対照群は反実仮想的に思考上で創作される。

 例えば、古代の国家が戦争を契機として繁栄を築いたという仮説が存在するとき、その繁栄の原因を戦争に帰属できることを証明したいのであれば、まず戦争が起きなかった場合にいかなる結果を生み出したのかを反実仮想的に想像することが必要になる。だが、その際にただ単純に夢想するのではなく、②法則的知識に基づいて(例えば、戦争が起こらない場合、民衆は一体的感情を抱くことはない、といった具合に)、さらに①史実的知識(それが実際に史実として起こりうるか)を用いて対照群を構築しなくてはならない。そしてこの対照群と実験群を比較することで、事象の因果帰属が解明するのである。

 

 さて、以上の方法がウェーバーがライフワークとした研究方法である。ウェーバーは無限の経験的事実の中から帰納的に事象を抽出し、誇大な一般理論を構築することには否定的であった(これは後年パーソンズによって試みられたが)。むしろウェーバーは、科学者は「理念型」を携えて、そのつどそのつど経験的事実の中に立ち戻っていなければならないとする。なぜなら、豊富な含意を持つ経験的事実の中から分析に必要な概念を抽出して再構成された「理念型」もやはり、その科学者が置かれている社会的環境、規範、無意識的な趣味嗜好、時代背景などによって拘束されているからである(第一、それが「社会問題」であると認識すること自体、恣意的で時代に要請された感覚にもとづいている)。

 つまり、「価値自由」という言葉でウェーバーが表したかったのは、決して科学者は自らの「価値理念」に対して自由になれるというわけではなく、それを自覚することでまやかしの「客観性」から解放されるということなのである。折原は「価値自由」という言葉には「価値からの自由」と「価値への自由」という二つの含意があると述べているが、後者の「価値への自由」、つまり無機質な事象と事象との間の因果説明を時には捨象して自らの「価値理念」に訴えることもまた科学者に許された「価値自由」なのである。

 しかし、だからといって科学者は完全に「客観性」を失っているということでも、社会政策を担う政治家などは科学者の仕事を無視して、自らの「価値理念」のみにもとづいて実践を行えばよい、というわけでもない。「理念型」と経験的事実との往還こそが時には危うく見失ってしまいがちな「客観性」を保つ、唯一の方法なのである。

 

 最後に、後年のウェーバーの結集点ともいえる「理解社会学」について少し言及しておくと、折原によれば、理解社会学とは、①社会的行為を解明しつつ理解し、②そうすることで当の行為の経過と結果がなぜそうなって別様にはなりえなかったのかを因果的に説明する科学である。つまり、ここには二つの分析の段階が含まれている。①は「解明的理解」で、これは「明証性」を基準として検証される。「明証性」とは、行為の当事者が主観的に抱いている意味が理にかなっていて明瞭に分かる度合いのことを指す。そのため明証性が高いと、誰でもその当事者の経験を追体験することができる。

 しかし、当事者の主観的な意味は経験的に妥当でない場合も存在する(というかその場合がほとんど)。例えば、有名なマートンの例を参照すれば、ある部族の雨乞いの儀式は当事者にとっては「雨を降らせる」という主観的な意味を持った行為ではあるが、違った結果(潜在機能、意図せざる結果)をもたらすこともある。そういった場合、これには当事者ではなく、科学者による「経験的妥当性」を基準とする説明を要する。これが②の「因果的説明」である。

 言い換えれば、理解社会学とは明証的に理解された意味連関(①)をまずは因果「仮説」として立て、その経験的妥当性を科学一般の論理・語彙にしたがって検証し(②)、①・②をともに満たす、つまり明証的に理解でき、かつ因果的に妥当な説明を目指す社会学的アプローチであるということができるだろう。

 折原が言うように、その際、理にかなっていて理解できる「合理的行為」を「理念型」として構成し、これを実際の経験的行為と比較するという手法を取ることになる。だが、これをもって、世界が最終的に合理的行為によって満たされるという事をウェーバーが言っているというふうに解釈してはならない。むしろ、世界は非合理的なこと、行為にあふれている。それらの非合理性を理解するのもまた、合理的に構成された「理念型」を通してしかできないのである。

 また、「理念型」は「理念(理想)の理念型」と混同してはならない。例えば、「国家」の「理念型」は、ウェーバーの定義によれば、「強制的暴力手段を保持する政治的装置」であるが、実際に国民(=当事者)が理念(理想)として心に抱いている理念型は異なるもの(例えば、「国家は人民の意志にもとづいて構築される」といった具合に)である。だが、両者はしばしば相互に関係しあいながら(多くの場合は後者が前者を参照しながら)、結びついている。そのため、科学者は当事者の「理念の理念型」をさらに分析し、必要とあらばさらにそこから「理念型´」を構築しなければならないのである(ここら辺の議論は知識社会学に接続可能な気がする)。

ナショナリズム・エスニシティ論における本質主義と構築主義

 最近、ナショナリズムエスニシティ研究について勉強しているので頭の整理のためにここに記しておきたい。

 

 まず、ナショナリズム研究には様々な主義主張の分野があり、それぞれ対立軸が存在する

 

文化ナショナリズムの社会学―現代日本のアイデンティティの行方

文化ナショナリズムの社会学―現代日本のアイデンティティの行方

 

 上の吉野(1997)によると、それは大きく分けて、「原初主義」と「境界主義」、「表出主義」と「手段主義」、「歴史主義」と「近代主義」である。

 「原初主義」は民族集団の歴史や宗教、文化といったものを媒介とした原初的絆が民族を結び付けているのだと主張する一方で、「境界主義」は民族を存続させているのはそういった絆ではなく、「境界」策定の過程にあるのだと主張する。さらに、「表出主義」は民族を単なる象徴体系の表出として扱う一方で、「手段主義」は「民族」といった概念やそれを標榜するナショナリズムは単にある集団が利害関心に基づいて利用している手段に過ぎないと主張する。そして、最後にもっとも論争的な三番目の対立では、「歴史主義」がネーション(らしきもの)は前近代にも存在していたとする一方で、「近代主義」はネーションは近代になってから創出されたと主張するのである。

 この著作が書かれたのが1997年で今より20年前の話だが、このナショナリズム論争は今でもホットなものとして続いているように思う。その中でも、上述のように「歴史主義」と「近代主義」の対立がよく取り上げられることが多いが、実はこの両者は別に対立しているわけではない。歴史主義者としてよくやり玉に挙げられるA・スミスは、近代主義の代表的論者であるB・アンダーソン、E・ゲルナー、E・ホブズボームなどの議論は一部では正しいし、参照に値すると述べている。だが、彼が強調しているのは、ナショナリズムが近代になって突然現れたという見方はあまりにも「近代」の能力を過信しているということである(そこで彼が主張するのがネーションの原型になった前近代の「エトニ」という概念である)。

 筆者としても、ナショナリズムが近代に入ってから爆発的に流行したことは認めざるを得ないが、かといってネーションが前近代に突然誕生したとするのには少し疑問がある。第一、このようにネーション、ナショナリズムの起源を探っていく作業は必然的に研究者の主義主張を反映させてしまい、「ネーション」というものをまず何と定義するかによってそこから導き出される答えも違ってくる。例えば、「ネーション」を「共通の歴史経験と愛着によって結び付けられた集団」というふうに広く定義してしまえば、それは前近代にも存在したことになるし、「共通の歴史・文化的経験を持ち、かつ同じ領域的・政治的単位に属する集団」と厳密に定義してしまえば、近代の産物であるといえてしまうのである。そのため、この対立(ネーションの起源をたどること)はいささか決着のつけようのないものだといわざるを得ない。

 

 

エスニシティを問いなおす―理論と変容

エスニシティを問いなおす―理論と変容

 

 

 次にいわゆる「原初主義」と「境界主義」の対立についても見てみたい。この対立はそもそもナショナリズム研究の中でなされたものではなく、どちらかというとエスニシティ(あるいは部族tribe)研究の中(とりわけ文化・社会人類学)で繰り広げられた議論である。人類学の中では、古くから民族という集団は自明のものとして存在するという考え方がなされてきた(これを「本質主義」という)。そのため、古くから人類学者は未開の「民族」を知るためにその民族の文化などを研究してきた。

 しかし、次第にそういった見方に一石を投じるような研究が出現する。それが、部族やエスニシティ、民族といったカテゴリーは本質的(アプリオリ)に存在するものではなく、可変的でアメーバのように変化していくものであるという主張である。これを「構築主義」という。構築主義は人類学に限らず、広い分野で採用されている考え方ではあるが、人類学においてそれを真っ先に取り入れたのがF・バルトであり、彼が提唱したのがBoundary Approach、いわゆる「境界主義」である(以下の著書に、バルトの唯一の邦訳が収められている。しかし、これを見ただけではバルトの主張は把握しづらいかもしれない)。

 

「エスニック」とは何か―エスニシティ基本論文選 (「知」の扉をひらく)

「エスニック」とは何か―エスニシティ基本論文選 (「知」の扉をひらく)

 

  「境界主義」は従来までの本質主義が「一人種=一文化=一言語、および一社会は他者を拒否し、他と区別される一単位である」というステレオタイプを見直す必要があると主張する。なぜなら、同じエスニシティを有していると目されている集団の中でも異なる人種で、異文化、多言語を操っていることは多々あるからである。さらに、同じエスニシック・グループが時間が経過するにつれて、もっと大きなグループに飲まれて変容することだってありうる。その時、そのエスニック・グループは以前の人種・文化・言語を完全に捨て去ることができるだろうか?

 そこでバルトは、民族やエスニシティを固定的なものと考えることはやめ、その集団の文化それ自体に注目するのではなく、二つ以上の集団の間にある境界に注目したのである。

エスニック集団は、ただたんにーーあるいは必ずしもーー排他的な土地の占有を基礎としているわけではない。集団が維持されていくさまざまな方法ーー一度かぎりの成員編入だけでなく、継続的な意志表明や認定によっても行なわれるーーについては、分析が必要である。(前掲書 1996: 34)

  つまり、バルトは、エスニック集団がどのように「われわれ」と「やつら」を区別し、境界を引いていくのか、その過程を分析する必要があると言っているのである。

 これは今まで民族とは所与の、本質的なものだと考えてきた「本質主義」を否定し、「民族」は時代ごとに構築されていくものだとする点で、ある意味で「歴史主義」に対する「近代主義」の立場にも少し似ている(実際は「歴史主義」は本質主義を否定するだろうが)。要するに、少々大雑把にナショナリズムエスニシティの議論を総括すれば、その大きな対立軸は「本質主義」か、「構築主義」かの二項対立になるというわけである。そして、現在ではどちらかというと「構築主義」の考え方が優勢であり、「本質主義」は軽視されている傾向にある。

 

 以上、これまでナショナリズムエスニシティの議論をまとめてきた。上述のように今では「構築主義」が優勢となっているが、「構築主義」はあまりにも語りやすく、キャッチーな立場であるため、すでにあらゆる場面に浸透しすぎてしまっている。しかも、「構築主義」はしばしば同様の結論に行き当たってしまい、問題の本質を覆い隠してしまうこともある(例えば、「民族は創られるものである」という結論を下すことで論を結んでいる論文は数多くあるが、それらはしばしば、なぜそのように創られたのか、その結論をどう実践の場で生かすのかを明確にしていないことがある)。

 そういった「構築主義」が陥ってしまった学問的な溢路を抜け出そうとしている研究者がいる。それがR・ブルーベイカーである。

 

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

フランスとドイツの国籍とネーション (明石ライブラリー)

 

 

 

グローバル化する世界と「帰属の政治」――移民・シティズンシップ・国民国家

グローバル化する世界と「帰属の政治」――移民・シティズンシップ・国民国家

 

 ブルーベイカーの日本語訳は以上の二冊だけ。実は私もまだ読んでいないので、今回はブルーベイカーの翻訳に携わり、ナショナリズム研究の第一人者である佐藤成基氏がまとめた論文(http://hdl.handle.net/10114/13318)をもとに、彼の分析枠組みを整理してみたい。

 ブルーベイカーは「今やだれもが構築主義者になってしまった」と述べ、その溢路を抜け出すためには構築主義者が軽視してきた「本質主義」をもう一度検討すべきであるとする。だからと言って、彼は「本質主義に帰れ」と言って時代の流れに逆行することを提唱しているわけではない。彼は構築主義が残した功績である「民族(およびネーション、エスニシティ、人種)は創られる」というテーゼは尊重したうえで、それが構築されていく過程を分析するべきであると主張しているのである。

 彼は自らが取るアプローチを「認知的視座(Cognitive Perspective)」と呼ぶ。これは「人種、エスニシティ、ネーションという概念によって理解されている現象を、実在する集団としてではなく、社会的世界を理解する際に人々が用いる認知のカテゴリーとして捉えるアプローチ」である(佐藤 2017: 21)。

 これはどういうことか。従来までのナショナリズムエスニシティ研究では、研究者の立場から「ネーション(あるいはエスニシティ)とは何か」を問い、それを客観的な視点から分析することを目指してきたため、しばしば実際にそういったナショナリズム運動などを行っている当事者の視点を置き去りにしてしまうことが多々あった。これを彼は「分析のカテゴリー」で研究を行っているという。そして「分析のカテゴリー」を用いて彼らの運動を見れば、現実とは乖離して形而上学的な机上の空論に陥ってしまい、分析がストップしてしまうことになっていた。

 そのため、彼は研究者が占有する「分析カテゴリー」から当事者の側に立った「実践カテゴリー」を用いて研究することを提唱している。つまり、「現実の社会で当事者たちがいかに「ネーション」というカテゴリーを用いて発言し、行動しているのか、それがいかにして社会過程の中で制度化され、広く共有され、あたかも実在の集団であるかのように『物象化(reification)』され、人々の行動を突き動かしているのか」を問うべきであるというのである(佐藤 2017: 22)。

 これは「何かが構築される」ということに注目してきた「構築主義」的な分析アプローチに対するアンチテーゼである。なぜなら、民族などを絶対的なものと見なす「本質主義」に対して、「そんなものは存在しない、構築されるのだ」と言い放った「構築主義」自身もいまだに対象を一つの実体的な「集団」として見なしているからである。認知的視座に立つというのは、「その何かが構築されていく過程において人々の用いる認知的カテゴリーの働きに注目していく」という点で新しいアプローチである(佐藤 2017: 26)。

 では、その具体的な分析方法はどういったものなのか。ブルーベイカーはそこには「上からのアプローチ」と「下からのアプローチ」があるという。前者のやり方としては、主として国家が公式に下すカテゴリー区分である。それは、法律、人口統計などを通して行われるため、そういった過程を分析していくことになる。さらに後者はインフォーマルな日常的実践を見るやり方である。それでは日常的な会話(エスノメソドロジー)や社会的なコンフリクトが発生した時に顕現化する言説などを分析の対象とする。

 そもそもブルーベイカーが当事者が選定する「カテゴリー」に分析の主眼を置く根拠は認知心理学認知人類学の研究業績に基づいてる。それらの研究では、人間には生来物事をカテゴライズする能力が備わっているという。さらに、単にカテゴライズするだけではなく、分類したそれぞれの事象を自らの経験や出来事と関連付け、世界を慣れ親しんだストーリー(筋書き)に沿って解釈していく能力(「図式(schema)」)があるという。人間のそういった能力は半ば無意識的になされるため、「手段主義」が主張するような当事者の狙いにそってカテゴリーが利用されることはあまりないという。

 一読するとこれはたしかに現在袋小路に入ってしまっているナショナリズムエスニシティ研究をすくい出す唯一の分析枠組みであるように見える。しかも、カテゴリーに主眼を置いているので、ナショナリズムエスニシティ研究を超えて、広い分野にまで波及しうる概念であるいえるかもしれない(例えば、ジェンダーや階級など)。しかし、佐藤もいうようにその是非はまだ定かではない。実際まだ生まれたばかりであるこの考え方は実際のエリアスタディに応用された例も少ない。さらに、社会学の枠を超えて心理学、人類学にまで架橋しているこの分析枠組みは、まだ社会学の分野内でどれほど影響を持ちうるかもわからない。だが、新たな社会学の道が開くのではないかと予感させる、ワクワクするような試みとして今後の発展を注視していきたい。