カール・マンハイム「知識社会学」

 今回はカール・マンハイムの「知識社会学」という論稿について。参照した文献は、青木書店から出版されていた『知識社会学ーー現代社会学体系8』のp.151-204である。割と昔の版だが、比較的訳は分かりやすかったと思う。

 

知識社会学 現代社会学大系8

知識社会学 現代社会学大系8

 

 

 カール・マンハイム知識社会学については、以前どこかのブログで書いた記憶があるが、もう一度簡単に整理しておこう。

 マンハイム知識社会学のキーワードは「知識の存在非拘束性」である。これは、人々の知識(イデオロギー)がその人々の社会的な存在に即した「視座構造」に拘束されていることを指している。マルクスイデオロギー論から出発したマンハイムだが、マルクスがこの社会的存在を「階級」ひとつに限定し、またブルジョア階級のイデオロギーを「虚偽」としてプロレタリアートイデオロギーがそれを「暴露」することを目指したのに対し、マンハイムの場合は階級だけでなく、そこに世代、生活圏、宗派、職業集団、学派など様々な準拠集団を想定しており(p.166)、また特定の知識を「虚偽」or「真理」とするのではなく、あくまでそれぞれの知識がそれぞれの社会的属性に依拠して形成されることを明示しているに過ぎない。そのため、自らの知識すらも拘束されていることを決して隠蔽しない、マルクスと比べると「フェア」なものであるといえる。

 また、マンハイムイデオロギーを「部分的イデオロギー」と「全体的イデオロギー」の二つに大別している。「部分的」は当事者間でもそれが「暴露」される可能性を残したイデオロギーで、「全体的」は当事者間で意識されていないイデオロギーである。マルクスが言及した「イデオロギー」はこの整理にしたがえば前者に属するものであり、マンハイムはそこにより包括的な後者を加えて、知識社会学は後者を研究の対象とすることを明示している。つまりマンハイムは、当事者の視座構造を形作るのは前者ではなく、根本的には後者だと考えているというわけである(p.153-4)。

 さらに、マンハイムはここからいくつかの例を挙げて、いかに知識が人々の社会的存在に拘束されているかを示している(p.162-6)。

 例えば、「概念」。具体的な事例を挙げれば、「自由」という概念はブルジョア的な特権を得る「自由」と解する場合と、権利と同時に付与される義務からの「自由」と解する場合とでは全く意味が異なるものになる。つまり、これは「階級」という視座構造にしたがって「自由」の捉え方が異なることを表している。ほかにもマンハイムは、「カテゴリー」や「思考モデル」などを事例に挙げている。

 

 では、知識社会学がこれまでのマルクス的な不毛なイデオロギー論争に終始することなく、そこに新たな知見を挿入するための具体的な方法とは何だろうか。マンハイムはそれを以下のプロセスで説明している。

 ①相関化(≠相対化)

 これは、特定のイデオロギーや知識をある「世界解釈の一定の仕方に関係させ、さらにその存在の前提としての一定の社会構造に関係させて論議する」(p.173)ことを意味する。マンハイムが挙げている例を引用すれば、農村の少年が出稼ぎなどで都市に出ていき、そこで新たな思考様式を取得し、それまでの思考様式(農村時代の思考様式)を相関化する、といったようなことだと想定できる。自分のそれまでの視座構造をよりメタレベルで捉えなおし、全体的な布置連関を把握することだと言い換えてもいいだろう(ゆえに「相対化」とは厳密に区別しなければならない。「相対化」は絶対的な真理というものは存在しないとすることだが、「相関化」はあくまで一定の知識が特定の視座構造に結びついている事実を確認することを指すに過ぎない)。

 ②特殊化

 これは、特定の視座構造を相関化したうえで、特定の視座構造を特権化し、コミット(「帰属化」)することを指す。これは、一度メタレベルで相関化した視座構造の中から特定のもの選択することだと言い換えてもいい。これによって、絶対的だと思われていた特定のイデオロギーや知識が限定的なものに過ぎないということを一度自覚するプロセスを経ることができるため、不毛なイデオロギー闘争を避けることができる。

 以上から、マンハイム知識社会学は、マルクス主義が陥っていた無意味なイデオロギー闘争、セクト化、自らのイデオロギーの特権化などを解消することを志向していることが分かるだろう。知識社会学は、議論のメタレベルに徹する学問であるといえる。

 

 最後に、では知識社会学の取りうる分析のプロセスとはいかなるものだろうか。マンハイムの整理によれば、知識社会学はその性質上、歴史社会学的な手法を取らざるをえないため、その分析プロセスはウェーバーが「客観性」論文の中で整理したものと相通じる部分がある。

 ①意味的な帰属化(仮説を立てる)

 それは、個々の似かよったかたちであらわれる意見の表示や思考の記録を、そこで作用している世界観の中心や生活感情にひきもどすことによって、思考様式の統一性と視座構造を再構成し、思考体系の断片のうちにかくれたかたちでふくまれている体系的全体性をあきらかにし、あるいは閉鎖的な体系を意図しない思考様式のもとに「見地の統一性」と視座構造をとりだそうとするものである。(p.199)

 つまり、これは歴史的な文献・資料であらわれた言説や記録の意味を、その著者の視座構造や社会的属性から解釈し、それを矛盾のない「理念型」へと再構成する段階である(ただ注意しなければならないのは、解釈の際に研究者自身の視座構造が関与してしてしまうため、当事者の意図を間違って捉えてしまう可能性は必ずあるという点である)。

  ②事実的な帰属化

 事実的な帰属化というのは、意味的な帰属化によって形成された理念型を、(不可欠な)研究の仮説としてうけとり、これにもとづき、そうした意味で保守主義者とか自由主義者とかが、いうたいどの程度まで現実に考え、あるいはどれほどそのときどきに事実のうえで、この理念型がかれらの思考のうちに実現されたかを問うものである。(p.199-200)

 つまり、この段階は、①で得られた理念型を実際に個々の思想家をケーススタディとして、事実に照らして検証する(間違っていれば修正する)フェーズである。

  ③社会学的帰属化

 知識社会学が「社会学」である以上、最終的には以上で得られた結果を社会に適用して検証しなければならない。このフェーズでは、②までで抽出された結果から再構成された理念型を特定の社会集団(階級、世代、宗派など)に適用して、そこに社会的諸力が働いているかを考察していく。例えば、保守主義的思考と特定の集団や社会的階層との関連を調べ、さらに特定の国家、最終的には特定の社会構造との関連から説明できないかを検証する、といったような流れである。

 

 以上のプロセスが、マンハイムが考える知識社会学の具体的な分析プロセスだが、これを見れば、知識社会学マルクス主義の衰退とともに消滅するとか(いわゆる「知識社会学オワコン論」)、結局マルクス主義イデオロギー思想を武装した似非社会科学であるといった批判は全く当たらないことが分かるはずだ。マンハイムウェーバーを参照しつつ、知識社会学をいかに「科学」にしようかと模索しており、その試みは一定程度成功していると私は思う。

 もちろん、研究者自身の視座構造をいかに処理するのかという問題は依然付きまとっているが、これは知識社会学だけの問題ではなく、あらゆる社会科学に付きまとっている問題であるため(「社会学社会学」など科学の再帰性問題)、この問題を取り上げたからといって知識社会学がオワコンになるわけで決してないと思う。この論稿は知識社会学を学ぶ者だけでなく、例えば歴史社会学を学ぶ者にとっても有益だと思うので、もう一度参照されるべきだと思う。