楽楽風塵

ナショナリズム 移民 台湾 映画と読書

2019年映画ベストテン

 2019年公開の映画でベストテンを作ってみた。

 

 振り返ってみると、今年はNetflixに加入したのが大きかったなと思う。Netflix公開の良作が量産されはじめているので、劇場に足を運ぶ機会が少なくなった私としてはかなり嬉しい時代になったなと感心する。

 けど、Netflixを使うようになってから思うようになったのは、やはり劇場で映画を見ることの大切さ。例えば、スターウォーズのファンファーレを劇場の大画面と高品質な音響で聴き、冒頭から引くぐらい涙を流すという体験は、やはり劇場に行くからこそできることだなと実感する。来年は映画を見る機会がさらに減るだろうが、映画を見ることの喜びは忘れないようにしたいなと思う。

 

・10位 グリーンブック

 オスカーを受賞した本作。1960年代の人種差別が横行していた時代に、ハイソな黒人ジャズピアニストと粗野なイタリア系白人ドライバーの心の交流を描いたロードムービー。人種という壁を超えていけるという明確なメッセージを打ち出した希望に満ちたストーリーで、これがオスカーを獲るというのは時代の要請でもあるのかなと思った。

 同じく人種差別を主題とした『ブラッククランズマン』とは対を成すストーリー展開で、意見は分かれるだろうが、個人的には『ブラッククランズマン』のほうがより複雑な人種間の葛藤を描けていたと思う。

 

・9位 スパイダーマン/スパイダーバース

 マーベルシリーズの中でも最も人気の高い「スパイダーマン」を全く異なる作風で描いた作品。スパイダーマンのどこか楽観的でポップな雰囲気を残しつつ、そこにヒップホップ的な要素も盛り込んでいて、路上アートを見ているようなライトな感覚で楽しむことができる。

 マーベル一強の映画産業で、今後このようなサイドストーリーの良作が出てくるのはファンとしては楽しみで仕方ない。

 

・8位 運び屋

 クリント・イーストウッドの最新作。御年89歳にして監督と主演を務めるという映画狂ぶりは健在。

 ただし、『ダーティハリー』から『グラン・トリノ』に至るまで、保守的な米国の男性像を描いてきたイーストウッドだが、本作ではその描かれ方にも若干の変化が見られる。家族を省みることなく、自らの道を突き進む主人公がラストで辿り着く答えは、以前のイーストウッドであれば導き出されなかったものなのではないかと思う。

 余談だが、アメリカ映画の黄金期を支えてきた監督が年を経るごとに思想の変化を経験するというのは、なにもイーストウッドに限ったことではないようだ。実際、今年公開された『アイリッシュマン』の監督マーティン・スコセッシも、本作の中でロバート・デニーロを使ってそのような傾向を体現させていた。それは『グッドフェローズ』とはまた異なるラストであった。今後これらの監督たちがどのような作品を撮るのか注目である。

 

・7位 マリッジストーリー

 Netflixで公開された作品。監督はノア・バームバック。自身の経験(あるいは、本作でヒロインを務めるスカーレット・ヨハンソン)を踏まえて、ある夫婦の別離の過程を描く。主演男優はスターウォーズでカイロ・レンを演じたアダム・ドライバー

 離婚調停ものといえば『クレイマークレイマー』が有名だが、あえてそれと対比すれば、本作はより「夫婦の愛」を突き詰めた描いた映画だった。確かに、二人を愛しあっていた。しかし、愛に段階があるとして、それが一定段階を下回れば収拾がつかなくなる。二人の口論を撮った長回しのシーンに代表されるように、法と金と見栄というフィルターを通して、愛が憎しみへと変わっていく過程を繊細なタッチで描いていた。

 

・6位 アベンジャーズ/エンドゲーム

 やはりこれを入れねばならないだろう。アベンジャーズシリーズ堂々の完結である。良くも悪くもMCUの登場によって映画産業はすっかりその形容を変えてしまった。その第一フェーズの終わりを飾るのに十分すぎる出来栄えだったと思う。今年の暮れに公開された『スターウォーズ』の完結編が本作に遠く及ばない出来だったのをみるにつけ、やはり現代映画産業を語るにはまずマーベルを語らねばならないとしみじみ思った。

 『アイアンマン』(2008年)の公開から無尽蔵にキャラクターを増やしていったマーベルシリーズだが、それらの全てを過不足なく一つの作品に収めたのが今作。まるでオーケストラを見ているようである。しかも、タイムトラベル要素を組み込み、これまでの作品にオーバーラップさせるという戦略に、ファンの脳汁はもうダダ漏れである。そして、キャップの「アッセンブル…!」まで持っていくストーリー展開も完璧すぎる。ありがとう。

 

・5位 ROMA

 これもNetflixで公開された作品。監督は『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン。だが、本作は全くSF要素はなく、監督の幼少期の記憶などをもとに1970年代のメキシコの日常を淡々と描いている。

 画面はモノクロで構成されており、物語の柔らかさに一層磨きがかかっている。人々の何気ない会話、デモ隊の喧騒、動物の鳴き声、海のさざなみなどあらゆる自然の営みが映画のBGMの役割をなしている。優しく、だが力強く生きる人間たちのドラマである。

 1970年代のメキシコが舞台だが、当時の状況がどういったものだったかは作中では明示されない。だが、端々でその世相が映し出され、確かにそれが人々の生活を縛っていることが分かる。時代状況を捨象しないまま、しかし人々の生活をつぶさに描いていく姿勢は、例えば『クーリンチェ少年殺人事件』に似ている。

 

・4位 家族を想うとき

 ケン・ローチ監督の最新作。「ギグ・エコノミー」と呼ばれる職業の過酷な現実を描く、告発型の映画である。

 前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』と比べると明らかに本作は現状への危機感や切迫感が増していることが分かる。是枝監督と同様、家族のあり方を問うてきたケン・ローチが、今作では徹底して「労働のあり方」を問題提起している。さらに、「労働者階級」という枠組み自体がいまや成り立たないということも本作から窺い知ることができる。今年見るべき良作。

ケン・ローチ "Sorry We Missed You"(邦題『家族を想うとき』)※ネタバレあり - 楽楽風塵

 

・3位 ブラック・クランズマン

 『マルコムX』のスパイク・リー監督最新作。トランプ大統領就任、白人至上主義の台頭に対するリーなりの回答が本作である。作品の端々に彼らへの批判、そして危機感がにじみ出ている。その批判精神はやはり見習うべきものがある。

 白人至上主義団体KKKに潜入捜査する黒人警官の実話をもとにした本作。人種差別、そして白人至上主義に加担する人々の実像をリアルに、かつ皮肉を交えて描いている。ラストの怒涛の畳み掛けといい、エンタメと社会批評を絶妙に織り交ぜた傑作。

 現代の惨状を見て作られた本作だが、当時1970年代の状況と比較してみると、やはり現代レイシズムの特異性も浮き上がってくる。当時はかなり漠然とした理由で黒人に対する差別が横行していたが、現代ではより巧みにその根拠を構成して排外を正当化している。そんな現代の特徴を明らかにするためにも本作がいま作られた意義は大きいと思う。

『ブラック・クランズマン』※ネタバレあり - 楽楽風塵

 

・2位 ジョーカー

 間違いなく、今年最大のダークホースだろう。ヒーローものとしては異色の作品で、『ダークナイト』(2008年)のヒース・レジャー版ジョーカーに次ぐ、新たなダークヒーローの誕生である。

 監督のトッド・フィリップスは『ハング・オーバー』などで知られるコメディ畑出身で、だからこそ本作の悲劇と喜劇のはざまを絶妙に攻める映像が撮れたのだろう。そして、なんと言ってもジョーカー(アーサー)役のホアキン・フェニックスの怪演である。本作を単なるオマージュを散りばめただけの作品で終わらせなかったのは、ひとえに彼のおかげといっても過言ではないだろう。

 さらに、スコセッシの『キング・オブ・コメディ』同様に、本作は現実と虚構(妄想)の境界線を曖昧にした内容になっている。本作がここまでのヒットを記録したのは、本作の時代背景とアーサーの境遇が現代の社会状況にマッチしたからだろう。このポピュリズムの時代にこそ本作は受け入れられた。各地でジョーカーのメイクを真似する人が絶えないのはその証左である。

 だが、本作はそんな状況すら嘲笑うかのようなラストで終わる。本作がポピュリズムを喚起したのは間違いないが、同時にラストでポピュリズムを殺している点にも注目すべきだろう。

 

・1位 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 堂々の1位はクエンティン・タランティーノの最新作である。見終わった時はちょっと飲み込めなかったが、徐々に味わいが増すスルメ映画である。

 ハリウッド全盛期の1960年代終わりを舞台にし、シャロン・テート殺人事件を下敷きにした本作。だが、当事件が作中で詳細に描かれているわけではない。あくまでも、落ちぶれた俳優リック・ダルトン(ディカプリオ)と専属スタントマンのクリフ・ブース(ブラピ)を媒介にして、あの日のノスタルジーと「ありえたかもしれない未来」を描く。

 『ヘイトフル・エイト』で絶妙なセリフの駆け引きと糸を張り詰めたような緊張感を演出したタランティーノだが、本作でもその技術が遺憾なく発揮されている。結末を知っているからこそ観客は緊張感を維持するのだが、だからこそ露悪的なまでのラストの展開に肩透かしを食いながらも拍手喝采を送るのである。

 ほかにも、農場に行って帰るだけのブラピをなぜあれだけカッコよく撮れるのか、とか色々と語りたいことが続出する傑作である。全ての映画ファンを魅了すること間違いなしである。